あの日 〜 長崎・軍艦島に思いを寄せて 〜
創作オリジナル、児童文学、小説、ショートショート、エッセイ 「創作の部屋」
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「あの日 〜 長崎・軍艦島に思いを寄せて 〜」

 僕は山中武、小学6年生。
家族は、お父さんとお母さん、小学1年生の弟の勇輝と僕の4人。

 僕たちは、亮おじさんが経営する旅館に住んでいる。
亮おじさんというのは、僕のお母さんのお兄さん。
旅館は、長崎の海から歩いてすぐのところにある。

 亮おじさんには3人の子どもがいるけれど、みんな高校を卒業して
長崎を離れて暮らしている。
 僕の家族は、亮おじさんの旅館からもらう給料で、主に生計を立てて
いる。
 主に、と言ったのは、お父さんは、たまに農業の手伝いに行くときも
あるし、お母さんは週に1度だけ子どもの書道教室を開いているから。


 夏休みの旅館は、毎日忙しい。
当然、僕と勇輝の夏休みは旅館の手伝いで過ぎていく。

 「武、勇輝と一緒に大浴場の掃除を手伝っておいで。亮おじちゃんが、
掃除してるから」
お母さんは、昨日泊まったお客さんの布団を干しながら言った。
 「ハァ〜イ」
僕は、だらけた返事をした。

 夏休みが始まった頃は、旅館の手伝いも悪くはない。
いや、ワクワクもするしウキウキもする。
なぜって、大浴場の掃除は、なかなか楽しいんだ。
 僕と勇輝は裸になって、湯船で泳いだり水のかけ合いをしたりする。
 亮おじさんは、夏休みなのに僕たちをどこへも遊びに連れていってやれないからって、ちょっとの間は大目にみてくれるんだ。

 それに僕たちも、お小遣いをもらえる。
アルバイト料ってことかな。
 夏休みが終わる頃には、僕が欲しい物を買えるだけの金額は貯まっているはず。
僕が今欲しいのは、新しいゲームソフト。


 8月の前半までは、お客さんたちの種類も色々なんだ。
けっこう東京や大阪の都会から来る家族連れが多い。
僕と同じ小学生が沢山いて、かなり可愛い女の子がいるんだ。
都会の子を見ると、みんなテレビから飛び出してきたように思える。
都会から来る若い女の人たちも、テレビや雑誌で見る女優さんやモデル
さんみたいで、きれいな人が多い。

 でも8月の後半には、そういう人たちは、めっきり減ってお年寄りの
お客さんが増えてくる。
その頃になると大浴場の掃除も、だいぶあきてくるんだ。

 「風呂掃除が終わったら、二人を美術館へ連れていってやるぞ。写真展のチケットもらったんだ。ソフトクリームも買ってやるから」
亮おじさんが言った。
「ヤッホー!あそこのソフトクリームはウマイって、ケンちゃんが言ってた」
勇輝は、かなりの喜びようだ。
 僕は、夏休みの自由研究のことが頭に浮かんだ。
写真展は、確か『まるごと長崎』っていったっけ・・・宿題の役に立ちそうだな。


 亮おじさんは僕と勇輝を美術館に連れてくると、すぐにソフトクリームを
買ってくれた。
「ソフトクリームを食べ終わったら、写真展ゆっくり見てきていいぞ。後で
迎えに来るからな」
 そう言ってチケットを僕に渡すと、亮おじさんは旅館へ戻っていった。

 写真展は、思ったより空いていた。
僕たちは早お昼を食べてから来たけど、ちょうど今頃、昼ご飯を食べている人が、多いんだろうな。
 写真展と言えば、前にお母さんと福山雅治の写真展へ行ったことがある。
あの時は、ものすごい人混みで、僕はお母さんからはぐれてしまった。


 福山雅治は、お母さんが大好きなミュージシャンだ。
お母さんは料理するときに、よく福山雅治のCDを流している。
 Gang☆が流れていると
「この曲聞きながらだと、キャベツの千切りが上手くいくのよ」
と言って、リズムよく包丁を動かしていく。

 道標のときは、
「おばあちゃんが、ぬかみそをかき回してるシワくちゃの手を思い出すわ。あの頃は、ぬかみそに手をつっこむなんて自分は絶対できないって思ってた」
そう言って、ぬか漬けのキュウリを1本取り出した。

 そういう話を聞いたからかもしれないけど、道標を聞いているときのお母さんは、いつも懐かしそうな顔をしていると思う。
 お母さんのおばあちゃんって、僕のひいばあちゃんでしょ。
もちろん会ったことない。
僕が大きくなって福山雅治の道標を聞くことがあったら、きっと、お母さんがぬかみそをかき回してる手を思い出すのかもしれないな。

 そんなことを考えながら、僕が勇輝と順路に沿って写真を見ていくと、
稲佐山の写真が数枚飾ってあった。
 ここには、お母さんと福山雅治のライブを見に行ったっけ。


 僕は生まれてから、ずっと長崎に住んでいるけど、まだ12年しかたっていないから、長崎の写真を見ても12年間分の思いしか映らない。
 ヘェ〜という感じで進んでいった。


 そこには、島々のコーナーがあった。
長崎県には、小さい島がいろいろある。日本で1番、島が多い県なんだ。

 僕と勇輝は、数枚の写真の前で立ち止った。
『端島』(通称:軍艦島)
誰も住んでいない家、今にも崩れそうな建物、子どものいない学校・・・
まるで幽霊の住みかのような島。
島は島でも、今まで見てきた島の風景とは全くかけ離れている。
でも、これも同じ長崎の島なんだ。

 軍艦島の写真の前で、ボーッと立っていたら、
「この島へ行ってみたいかい?」
突然、僕たちの後ろから声がした。
 ふり返ると、白髪のおじいさんで、都会からやって来たような格好をして
いる人だった。
「いっしょに行ってみるかい?」
何も返事をしない僕たちの肩に、おじいさんは手を置いた。
肩がヒヤッと冷たく感じて、僕は、まるで氷にでもなるかのように体が
どんどん固まっていった。


 春のやわらかい日差しの中で、目が覚めたようだった。
僕は、辺りを見回した。隣に子犬が眠っている。
勇輝は・・・?。
「勇輝・・・勇輝!」
「ワンワン!」
隣の子犬が目を覚まし、しきりに吠える。
「勇輝、お前、勇輝なのか?」
「ワン」そうだよ、と言っているようだった。
僕は・・・。自分の手や足を見た。僕は人間のままらしい。


 キンコーン、カンコーン。学校のチャイムが鳴った。
 僕と同じぐらいの男の子が、むりやり僕の手を引っ張って教室の中へ
連れていった。


「ヒロシ、また遅刻だ」
年配の男の先生が言った。怖そうな先生だ。
「先生、こいつのせいです」
ヒロシという子が、僕を指さしている。
「武は、まだ仕方ないだろ」
僕の方を見た先生は優しい表情だったから、心の中でホッと胸をなで
下ろした。
でもなんで、この先生は僕の名前を知っているんだろう。
「ちぇっ、あまいな」
ヒロシが、独り言のように言った。

「そしたら、昔話読むぞ。静かに聞けよ。今日は、どの話がいいかな・・・」
そう言って先生が、本をペラペラめくった。
「よし、これにしよう。『”猿地蔵”・・・どんとむかさったけど。・・・どんびんさんすけ猿まなぐ、さあるのけっつさ、ごんぼうやいてぶっつけろ』」
そして、先生は静かに本をとじた。

「さあるのけっつさ、ごんぼうやいてぶっつけろ」
誰かが大声で言うと、教室中の子どもがゲラゲラ笑って、声をそろえて
「さあるのけっつさ、ごんぼうやいてぶっつけろ」
と言った。
そうして、再び教室中に笑い声が響いた。
その様子を黒板の前から眺めている先生は、ずっと微笑んでいた。


 「先生、ところで運動会の日は決まったか?」
ヒロシが言った。
「今年の運動会は、なくなった」
先生が言うと
「なんで〜?」
「僕たち6年生だから、小学生最後の運動会だよ〜」
「運動会!」
「運動会!」
教室中に響き渡った。
「静かに!」

「先生、6年生にとって運動会は大切な思い出の一つです。校長先生に
お願いしてください」
僕は、旅館で覚えた丁寧な言葉を使ってお願いした。
 でも、なんで僕がこんな事、言い出したんだろう・・・誰かが僕の肩をポンと軽くたたいたような気がしたからかもしれない。

「武の言う通りだな。みんなの意見をまとめて先生が校長先生にお願い
してやろう。武とヒロシは、ついてこい」
「ちぇっ、なんで武の言うことは、こうも簡単に聞いてくれるんだ。でも、
よかったな」
ヒロシが、僕の肩をポンとたたいた。


 僕とヒロシと先生で、校長室へ行った。
クラスの意見をまとめた運動会実施のお願い文をヒロシが読みあげた。
校長先生はウンウンとうなずきながら、ヒロシの声に耳を傾けていた。
しばらく目を閉じ、じっと考えたあと、
「校長先生も運動会は、やりたいと思ってました。今までのように大運動会はできないけど、やりましょう」
と言った。
「ヤッター」
僕とヒロシは飛び跳ね、先生はガッツポーズをとった。

「でも・・・準備と練習に3日しか時間は、あげれないですよ」
校長先生が言った。
なんで3日間だけ・・・?と思ったけど、それでも運動会ができるんだ。
校長室を出ると、ヒロシは、もう1度ヤッホーと言って飛び跳ねた。
 僕は、いつの間にかヒロシと同じ気持ちになっていた。
さっき会ったばかりなのに・・。


 ヒロシは口の悪いところもあるけど、親切な子だった。
僕は、どうしてこんな所に来ちゃったのか分からなかったけど、子犬になった勇輝も連れて、ヒロシの家へ行くことになった。

 下校途中、道ばたで、おばさんたちが野菜や果物を売っているところを
通りがかった。
「母ちゃん、友だちの武と子犬の勇輝だ」
ヒロシが、お母さんに言うと、
「ほら、これ持ってっていいよ」
と、お母さんはヒロシにバナナを渡した。

「俺たち、運動会の計画を立てるんだ。小学生最後の運動会だから、最高に楽しいもんにするぜー!」
そう言って、ヒロシはガッツポーズをとった。
「ヒロシ、今年は運動会はムリだって、先生は言ってたよ」
お母さんが言った。
「ところが、この武のおかげで運動会をやれることになったんだ。ただし、
あと3日間しかないんだ。忙しいから俺たち行くね」
ヒロシは、僕の手を引っ張って坂をかけ下りた。


 それからの3日間は、朝から晩まで運動会のことばかりだった。
 僕の運動会は、春に終わっていた。
1番感動したのは、組体操。
去年までは、先生の太鼓の合図で動いていた。
でも今年は音楽を流してみたら、組体操が、なんだかスゴいアクロバットでもやっているようなカッコイイ発表になった。

 音楽の力は、すごい。
 僕はヒロシたちにも、そういう組体操を提案してみた。
練習時間が少ないから大したことは出来ないけど、その分カッコイイ音楽を流せば、すごい発表に見えるはず。

 問題は音楽だ。
でも僕の心配なんて不要だった。
ヒロシたちの住んでいるこの町は、古くさそうなところがあるかと思えば、
なんだか、けっこう進んでいるようなところもあった。

 ヒロシの同級生で和美という子が、
「この曲使ってくれる?」
と言って、レコードを持ってきた。
 和美の両親は東京に住んでいるらしいんだけど、訳あって半年前から
和美だけ親戚の家に来ているらしい。

 和美が持ってきたレコードは、『アメリカングラフィティ』という映画の曲
だった。
 和美のお父さんは商社に勤めていて、アメリカ出張土産に買ってきてくれたらしい。
 組体操の、それぞれの場面に合う曲を和美がいろいろ提案してくれた。

「和美って、ヒロシのことが好きなんだぜ、きっと」
僕が、ヒロシに言った。
「そんなことあるわけないだろ!半年前に引っ越してきてから俺に話しかけてきたことなんて、たいしてないからな。お前のことが好きなんだろ」
「そうかなあ、和美がヒロシを見る時って、なんか違うんだよ・・・」
「そんなこと、どうでもいいよ!早くこの絵を描かないと間に合わないぞ!」


 僕が、どうしてこの町にいるのか、どうして勇輝は子犬になっちゃったのか、そんなことを考えるひまもないくらい、忙しく3日間は過ぎていった。
 僕と子犬になった勇輝は、ヒロシの家に泊まらせてもらった。
この子犬は本当は人間です、とは言えなかった。

 僕はヒロシと一緒にお風呂にも入って、背中を流しっこした。
「俺の背中にホクロが3つあるだろ、三角形の。それさあ、ラッキーの証拠
なんだって」
ヒロシが言った。
「どうラッキーなの?」
僕が聞くと、
「どんなラッキーが舞い込んでくるか分からないから、ラッキーなんだよ。
そうだろ〜」
何となく、もっともらしい答えが返ってきた。


 運動会当日は、素晴らしい快晴だった。
海からの風が、気持ちいい。
パンパンという開始の合図で、運動会が始まった。

 100メートル徒競走、大玉転がし、綱引き。
そして5、6年生による組体操。 寝転がって脚を上げたり、3人で扇形を作ったり、6人でピラミッドを作ったり・・・、簡単なことしかしていないのに、音楽が組体操を盛り上げてくれた。
 ヒロシのお母さんの目に、涙が浮かんでいたのを僕は見た。


 最後は、リレー。
ヒロシは足が速いから、毎年リレーの選手だったらしい。

 校庭中、応援合戦が響き渡った。
選手入場だ。
ヒロシの顔が、少しこわばっているように見えた。
いよいよ始まる。
第1走者たちが、スタートラインに並んだ。
応援が、静まった。
校庭にいる全員が、息をのんで第1走者の子たちを見つめた。

「位置について、ヨーイ・・・」バン。
ピストルの合図と同時に、校庭中が再び声援の嵐になった。

 ヒロシのチームは3位のまま、バトンが6年生のヒロシに手渡された。
ヒロシが猛ダッシュで前の二人を追いかけた。
最初のコーナーで一人抜き、次の直線でもう一人抜いた。
このまま逃げ切ればヒロシが1等賞だ。
2番目のチームも必死でヒロシを追いかけてくる。
ヒロシも歯を食いしばって走る。

「ヒロシがんばれ!」
僕のにぎりこぶしにも力が入る。
和美も両手を合わせ、祈る姿でヒロシを見守っていた。
1番と2番の二人が最後のコーナーを過ぎて、ラストの直線に入った。
二人とも力を振り絞って猛スピードで走っている。
ヒロシが1番にテープを切った。
ヤッター!
パンパンというゴールの合図とともに、辺りが真っ暗になった。


 僕は、旅館の自動車の中で目を覚ました。
勇輝は、僕の隣で眠っている。
「勇輝、お前、人間にもどれたんだな・・よかった」
勇輝が、伸びをして目を覚ました。
「兄ちゃん・・僕、おなか空いた〜」
「すぐ夕飯さ」

 僕たちは自動車から降り、旅館の玄関に向かった。
玄関では、写真展で会ったあの白髪のおじいさんが、亮おじさんにドアを
開けてもらって入ろうとしていた。

「お帰りなさい。奥さんが心配していらっしゃいましたよ」
受付のおばさんの声がきこえる。
「ちょっと写真展へ行ってました。あの子たちと一緒に」
ちょうど僕たちが、玄関から入ったところだった。

 白髪のおじいさんは、僕たちの方へ歩いてきた。
「武君、運動会楽しかったよ。そして、こっちが子犬の勇輝君か」
そう言って、おじいさんは僕と勇輝の肩に手を置いた。
おじいさんの手から温かい体温が伝わってきた。
おじいさんも、あの運動会を見ていたんだ。


 僕と勇輝は、お母さんのところへ行って早めの夕飯を食べた。
「あんたたち二人とも、写真展の隅っこで眠ってたんだってね〜」
お母さんに今日あった不思議な出来事を話そうと思ったけど、なんて言えばいいか分からなかったから、やめておいた。

 勇輝は子犬になったときの記憶が、あまりないらしい。
僕は、ただ夢を見ていたのかな。
でも、あのおじいさんも同じ運動会のところにいたらしいし・・、ただの夢ではないんだ。

 お客さんたちの夕食が終わると、僕は皿洗いの手伝いをした。
その後テレビを見たけれど面白くないし、何かスッキリしない気分だった。
「武、勇輝と一緒にお風呂もらっといで〜。お客さんも空くころだろうから」
お母さんに言われ、僕たちは大浴場へ行った。

 今日の朝ここの掃除をしたのが、何年も前のような気がした。
僕たちが大浴場に入っていくと、あの白髪のおじいさんが一人で湯船に
つかっていた。

「武君を待っていたよ」
おじいさんは、そう言った。
「僕を・・ですか?どうして・・」
「だって私と話したいだろう・・今日の出来事を・・さあ、背中を流してあげるから二人ともそこに座って」
 おじいさんは湯船から出ると、タオルに石けんをつけはじめ僕たちの背中を交互に洗ってくれた。

「今日私らが行ったのは、端島、通称軍艦島っていうところだ。知っているだろう」
「でも、あの島は、もう誰も住んでいないんですよ。おじいさんも写真で見たでしょう」
僕がそう言うと、おじいさんは石けんのついたタオルを僕に渡した。

「今度は私の背中を、洗っておくれ」
僕は、おじいさんの背中を見てハッとした。
「ははあ、その三角形のホクロが、うらやましいんだろう。ラッキーの証拠だからな」
おじいさんは言った。
「ヒロシと同じホクロ・・・」
「私はそのヒロシから、このホクロをもらったんだ」
「ホクロをもらう?」
「ヒロシは私の息子だ。もう死んでしまったけどな・・・ヒロシが死んだ後しばらくして、家内が気づいたんだ。私は、自分の背中なんて見えないから、いつからこのホクロが自分の背中にくっついたか全然気づかなかった」


 ヒロシは、もう死んだ・・・。
僕は、運動会で元気いっぱいだったヒロシの姿を思い出していた。
「過労死だった。仕事のし過ぎだよ」
おじいさんは、とても寂しそうな顔になった。

「でも、そのホクロがおじいさんのものになったからって、今日の出来事は何なのか、僕には全然分からないよ」
僕は、悲しみの溝に入り込まないように話を戻した。

「ヒロシが過労で倒れて病院に入院しているときにな、しばらく回復に向かったときがあって、その時ヒロシが話したんだよ・・・。『端島で過ごした小学校が、1番楽しかったなあ。先生も、よく一緒に遊んでくれたんだ。毎日、昔話を読んでくれた。6年生の運動会、出たかったな〜。絶対、俺はリレーの選手だったろうな〜』・・・私のせいさ、ヒロシが6年生の運動会に出られなかったのは・・・私が、早く島離れて東京でかせぐんだって・・・、もう他にも、どんどん島を離れる人が増えていくときだった・・・」

「でも、だからって、あんな不思議なことありえないよ」
「テレビのニュースでな、長崎県の写真展のことを見たときだった。私の背中のホクロが、ジンジン痛み始めんたんだ。あの写真展に呼ばれているような気がして・・・、気がついたら、もう旅支度をすませて、家内と長崎に来てた。着いてすぐに写真展に行ったんだ。そして今日は軍艦島にも行ってきた。島も少し入れるようになったから。寂しさが溢れてきたよ・・・。島から戻って、もういっぺん、私だけ写真展へ行った。そして、武君たちと会ったんだ」

「僕たちは、たまたま行っただけだよ。おじさんがソフトクリーム買ってくれるって言ったから」
「でも、じっと軍艦島の写真を見つめているキミから、あの写真にどんどん吸い込まれていくエネルギーのようなものを感じたよ」
「エネルギー?」
「私が、というよりヒロシが、6年生の運動会に戻りたいという気持ち、キミから発する、あの写真へのエネルギーが重なって、私らは過去の端島に戻れたんだ」

「おじいさんは、魔法使いなの?」
隣でじっと聞いていた勇輝が、たずねた。
「はっはっは、魔法使いか〜・・・ヒロシを生き返らせれたらなあ・・・」
 僕にとっても、ヒロシは今や知らない人ではない。
あのヒロシが若くして死んでしまったなんて、信じられなかった。
僕は、おじいさんに一言も言葉をかけてあげられなかった。

「露天風呂に入ろうよ」
勇輝に言われ、僕たち3人は外へ出た。
 おじいさんは岩に寄りかかって、気持ちよさそうに空を見上げた。
夏の大三角が輝いていた。
まるでヒロシの背中を拡大したような夜空だ。

「あなた、いますか?私、出ますよ」
と隣の露天風呂から、おばあさんの声がした。
「おお、私も出るか」
おじいさんが返事をした。
「じゃあ、おやすみ」
そう言って、おじいさんは、出ていった。


 僕は布団に入ってから、もう1度今日行った軍艦島のことを考えていた。
 運動会をやりたかった子は、ヒロシだけじゃないかもな〜。
島を離れる人が増えていたときだった、って言ってたもんな。
僕からエネルギーが出ていたって・・・なぜか、あの写真が気になったのは
確かだけど・・・


 次の朝、おじいさんはおばあさんと一緒に長崎観光に出かけた。
 玄関の外で水まきしている僕に、おじいさんが話しかけてきた。
「私は今回の旅の目的は、もう果たしたからな。今日は、うまいもんでも食べてくるさ。ヒロシの好きだったもの、沢山食べるよ」


 僕と勇輝は、亮おじさんの手伝いをするために大浴場へ行った。
「あのじいさん、そうとう頭がボケてるな」
亮おじさんが、床をブラシでこすりながら話しはじめた。
「おじちゃんがな、昨日の写真展はどうでしたか?武と勇輝が、お世話になりました、って言ったらな、『二人のおかげで、軍艦島まで行ってきましたよ』ってニコニコ笑いながら言ってた。あのじいさんも、お前たちの隣で居眠りしてたんだぞ。年とってもボケたくないなあ」

 亮おじさんは、しゃべりながもどんどん掃除をすすめていく。
 亮おじさんに昨日の不思議な出来事を話すのは、やめた。その代わり、
「軍艦島って、どんなとこ?」
と聞いてみた。
「何もかも、こわれたまんまの島。おじちゃんの父ちゃん、つまりお前たちのじいちゃんは、あの島の小学校で先生やってたけどよ」
「えっ、本当なの?」
もしかしたら、ヒロシの担任が僕のおじいちゃんかもしれない。

 おじいちゃんは、僕が5歳のとき死んでしまった。
静かなおじいちゃんだったことぐらいしか、記憶に残っていない。
「本当さ、じいちゃんが50歳過ぎた頃だったかなあ。おじちゃんは、もう成人していたし、お前たちの母さんも、長崎の高校に来てたからな。じいちゃんは端島の小学校で、最後は6年生を受け持ってたと思うよ」

 もっと先生と話をすればよかった・・・そういえば、僕の名前を最初から
知っていたな。

 大浴場の掃除が終わると、亮おじさんは古い箱を持ってきた。
その中には、おじいちゃんが端島で小学校の先生をしていた頃の思い出の品が入っていた。
 あっ、ヒロシのクラス写真だ。
この先生は、僕のおじいちゃんだったのか〜。

 それから、ボロボロの本もあった。”日本昔話百選”
「それな、学校の子どもたちに毎日一つずつ読んでやったんだと。大人
たちは忙しくて、昔話なんて家で聞かせてやってないだろうからって」
亮おじさんが言った。
「これ、僕、読みたいな」
「持ってていいよ。武が読んでくれたら、じいちゃんも喜ぶさ。勇輝にも聞かせてやんなよ」

 僕は大事に本を抱えて、自分の部屋へ持っていった。
 もくじで探して、”猿地蔵”のページを開いた。
目で追いながら読んでいくと、あの日教室で先生、つまり僕のおじいちゃんが読んでくれた声が耳の奥で蘇ってきた。
「さあるのけっつさ、ごんぼうやいて、ぶっつけろ」
そう、みんなが叫んだ声と笑い声が響く教室に一瞬タイムスリップしたように感じた。


 その夜も僕と勇輝は大浴場で、おじいさんと会った。
「おじいさん、今日知ったことなんだけど、僕たちのおじいちゃんが端島の小学校で先生をしてた」
「そうだったのかい。武君があの写真に、ものすごいエネルギーを発していたのは、先生だったおじいちゃんの思いだったのかもしれないな」
「あの写真は何だろう・・・何か僕たちと関係があるのかな」
「さあ、分からないな。でも、どこかで、つながってるかもしれないな。ただ、
あの写真は、とても澄んだ感じがしたなあ。写真を撮った人の心が真っ直ぐなのかもしれないな」

 僕は昨日の不思議な出来事に、まだ納得いかないところもあったけど、おじいさんの言っていることは全部本当のことに思えた。


 次の朝、僕は早くに目が覚めた。
旅館の外に出ると、おじいさんも一人でそこに立っていた。
「やあ、おはよう。私は今日、東京に帰るよ。その前にヒロシの先生の
墓参りをしようと思ってな。キミのおじいさんのお墓に案内してくれるかい」
なんだか、おじいさんは僕が早起きしてくるのを知っていたかのようだった。
 僕たちは一緒にお墓へ行った。

 「ヒロシが4年生の頃、先生は端島に赴任してきたんだ。子どもたちと、よく遊んでくれたようでな、ヒロシは先生が大好きだったよ・・・。『今日は、先生と野球した、竹とんぼを作った、こんな昔話を読んでくれた・・・』ってよく話してた。ヒロシが死んだときな、家内が言ってたんだ。ヒロシが好きな昔話の一つに、”風の神と子ども”というのがあって、東京に引っ越したばかりの頃、『南風の神が迎えに来てくれないかな〜』って、よく言ってたそうだ。ヒロシにとっての南風は、端島の方から吹く風のことだったのかもしれないな〜。父親の私は仕事ばっかりで、あんまり遊んでやれなかったし、よく話も聞いてやれなかったから・・・」

 僕とおじいさんは、お墓の前で静かに手を合わせた。
 僕はおじいちゃんのことをよく覚えていない。でも今、すごく近くに感じる。
おじいちゃん、ありがとう・・・僕を端島へ連れていってくれて・・・、ヒロシに出会わせてくれて・・・。


 おじいさんとおばあさんが、チェックアウトを済ませてた。
お別れだ。
僕の目に涙があふれた。
「武君、組体操の時のあの曲、覚えてるか?ほら、ロックンロールだよ」
そう言って、おじいさんは腰をふって踊ってみせた。
僕も涙を手ではらって、一緒に踊った。

「あなた、またギックリ腰しますよ」
おばあさんが、そう言いながら僕たちの方へ歩いてきた。
おばあさんは、僕を見ると少しアレッという顔をした。
「ロックンロール!」
「長崎に来て、あなた若返りましたね。でも、さあさあ電車の時間に遅れますから」
おばあさんは、元気で明るい人にみえた。

 おじいさんは変っている・・・というより子どもみたい。
ヒロシのホクロをもらったからかな。


 おじいさんとおばあさんが、旅館の車に乗り込んだ。
おばあさんが、もう1度僕のことを見つめてニコッと笑い、おじいさんに何か話しかけていた。

「あなた、私、あの子と小学6年生のヒロシが、端島で一緒にいる夢を見ましたよ。ほら、あなたが勝手に一人で写真展へ行ってしまって、私一人、旅館で待っているとき・・・ウトウト居眠りしてしまったんですよ。あの時、夢を見ていました。ヒロシ、とっても、うれしそうでしたよ。運動会の組体操は感動しちゃって・・・、私、夢の中で涙流しちゃったんですよ・・・。それに、ヒロシは、リレーで1等賞もとったんですから・・・きっとヒロシも、こっちに来たかったんですね。」
おじいさんは、うなずいた。

 車が出発する。
おじいさんたちは、僕に手を振った。
僕も大きく手を振った。
おじいさんの隣りに、ヒロシが座っているように見えた。
僕はヒロシにも大きく手を振った。


 駅から戻ってきた旅館の車から、家族連れが降りてきた。
夏休みが終わり近い今頃に、家族連れは珍しかった。

 僕より少し小さい女の子と、勇輝と同じぐらいの男の子がいた。
僕は、女の子を見たことがあるように思った。

「ミカちゃん、疲れてない?荷物置いたら、ママ、写真展に行ってみたいの」
「子どもたちは俺が他で遊ばせているから、写真展は和美だけで行ってもいいんじゃないか?子どもが一緒だと、落ち着いて写真見れないだろうから」

「そうね・・・でも・・・あなたにも見せたい写真があるの・・・私が端島に住んでたって話したことあるでしょう・・・たった10ヶ月間だったけど、おばの家に預けられていて・・あの時、私の両親は東京で離婚の話を進めていたのよ・・・私が東京に戻った時には、何もかも決まっていた・・・私が母と暮らすことも・・・、二人で住むアパートも・・・、新しく通う学校も・・・。私が端島を離れた後には、あの島も無人島になってしまって・・・私にとって、端島の写真を見ることは複雑な気持ちなんだけど・・・、でも見てみたいの。私にとって初恋をした場所でもあるのよ・・・。ただ、やっぱり一人で見るのは、何だか怖い気もする・・・。だから、あなたに一緒にいて欲しいの・・・」

「そうか・・そうだな、さっき駅で旅館の車から降りてきたおじいさんも言ってたよな。まず写真展に行ってから観光するといいですよって」

「いらっしゃいませ」
僕は、その家族連れに声をかけた。
「お世話になります。東京から来ました・・・」
そう言って僕を見たとき、和美と呼ばれていた女の人は、その場に一瞬立ちつくした。

「東京から来ました。お世話になります」
そう言うと、その人は僕に手を差し伸べ、僕も手を出すと、とても強く握りしめてきた。
「いてっ」
思わず声に出してしまった。
「ごめんなさい。私なんだか、とっても懐かしい気持ちでいっぱいになって・・・小学生の時、少しだけ、こちらに住んでいたので・・・」
「僕も、なんだか懐かしい感じがします。お客さんによく似た人と以前会ったことがあるので・・・どうぞごゆっくりして、長崎の滞在を楽しんで下さい」
僕は、それ以上は何も言わなかった。


 偶然の出来事って、目には見えない何かでつながっているから起こるのかな・・・僕は今、自分は確かに何かで、どこかとつながっている感じがした。




「あとがき」

 この物語のアイディアが浮かんだのは、2008年、福山雅治さんが軍艦島を訪れ撮った写真をニュースで見たときです。
 それらの写真を見て、物語の世界がどんどん膨らんでいきました。

 私は高校の修学旅行で長崎を訪れただけですが、そのときはグラバー園など異国情緒あふれる長崎を観光した、という記憶があります。

 福山さんが撮った軍艦島の写真を見たときは、とても寂しい気持ちになりました。
 この寂しい気持ちは何かなあと思ったとき、この物語の登場人物「ヒロシ」が私の心に現れました。
 機会があったら是非、福山雅治さんが撮った軍艦島の写真を見てください。
それらは、長崎市に寄贈されたそうです。長崎市のイベントなどで展示されるときがあるようです。

*『日本昔話百選』 稲田浩二・稲田和子 編著 (三省堂)

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