GET 〜 竜宮姫が教えてくれたこと 〜
創作オリジナル、児童文学、小説、ショートショート、エッセイ 「創作の部屋」
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「GET 〜 竜宮姫が教えてくれたこと 〜」

 「これが、石頭(いしあたま)中学校ね。で、これが体育館の中みたいね。しばらく拝見させてもらうことにしましょ」
大きな水晶玉の前から、独り言が聞こえてきました。

 「明日は試合だから、集合時間厳守。みんな絶対遅れるなよ。選手、ゼッケンは部長からもらうこと。じゃあ今日の練習は、これで終わり」
「ありがとうございました」
「選手、ゼッケン配るから私のところにきて。選手以外は、片付けと床磨き、ヨロシク」
「ハイ」
「あ〜あ、あたしたち明日の試合、応援だけだし。休みの日まで早起きつらいんですけど・・・ハイ、美紀のモップ」
「サンキュー。そうだよね〜、2年になっても選手になれないし、1年と床磨きするって、かなりブジョクじゃない?弘子と一緒でよかった〜」
「美紀、弘子、ちゃんと床磨きして!1年のお手本になんなよ」
「ハイ、スミマセン」
「部長、1年が入ってきて厳しくなったよね〜」
「まあ、最初にビシッと見せておこうってことじゃない」
「美紀、弘子、あんたら、バスケ部の恥」
「スミマセン」

「あ〜、あれが美紀と弘子ね。話に聴いた通りって感じね」
そう言って、水晶玉の持ち主は中をのぞき込み、二人を観察しはじめました。


 「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「美紀、早く、早く」
弘子が美紀の手を引っ張って、校門を早歩きで通り抜けました。

 「なんか、今日ムカツク」
弘子が言いました。
「さっきの部長、”あんたらバスケ部の恥”だって、マジ、ムカツクんですけど」
美紀が言いました。
「あれ、ひどくない?あたし、バスケ辞めよっかな・・・どーせ選手にもなれないし」
「弘子が辞めたら、あたし一人で寂しすぎるよ。部長の言い方はムカツイタけど、そんなんで辞めるの悔しいし」
「美紀は、やっぱ優等生だよ」
「優等生なんかじゃないよ。弘子は諦めるの早すぎるんだよ。ちょっとイヤだからって、辞めるまで考えなくていいじゃん」
「あ〜あ、美紀にも説教された」
「あたしは、説教なんかするつもりないよ。弘子と一緒にバスケ続けたいから」
「そんなこと言って、次の試合で自分は選手になるって思ってるんでしょ」
「なんで!弘子と一緒に選手になりたいって思ってるよ」
「あ〜、やっぱり美紀は基本、優等生だよね〜」
「ちょっと待って!弘子、なんかおかしくない?さっきから、つっかかってばかり」
「ハイ、ごめんなさーい。じゃ、あたし、こっちだから。美紀、おつかれ、また明日」
「弘子、あとでメールするから」
美紀の言うことなど耳に入ってないような素振りで、弘子は手だけ振って行ってしまいました。

 福中美紀(フクナカミキ)、14歳。市立石頭中学校2年D組。
誕生日5月3日。血液型A型。得意科目、数学。
 魚田弘子(ウオダヒロコ)、14歳。市立石頭中学校2年A組。
誕生日5月31日。血液型B型。得意科目、美術。

 美紀と弘子は幼稚園、小学校、中学校が同じで、特に親友といえる仲ではありませんでしたが、バスケ部の中では気の合う二人でした。
 二人ともバスケは好きでしたが、いまいち上達しないという点で1番、気が合ったと言えるかもしれません。
実際、バスケ以外のことでは特に共通点はありませんでした。
好きな芸能人も、着る服の趣味も全然違いました。

 「弘子!待って」
美紀は、いったん自宅方向へ歩きはじめましたが、弘子を追いかけ走ってきました。
「なーに?」
弘子は、ふて腐った言い方で美紀の方を振り返りました。
「やっぱ、メールじゃ伝えにくいから」
美紀は、息をハアハアさせながら言いました。
「何を?」
「なんて言うか・・弘子は多分、あたしのこと誤解してると思うから。
それが言いたくて」
美紀は自分でも何故、弘子を追いかけてきたかハッキリ分かりませんでした。
「で、あたしが、どう美紀のこと誤解してるの?」
「それは・・・」
「あたし、もう帰るね」

 弘子が振り返った瞬間、足もとでピカッと何かが一瞬光り、驚いた弘子は、転んでしまいました。
「弘子、大丈夫?」
美紀が弘子を起こし、足もとで光ったものを二人でのぞき込みました。
「何、これ?」
弘子が言いました。
「何だろう、魚?みたいなマスコットが付いた携帯ストラップかな・・・」
そう言って、美紀が魚の胴体から長く伸びている2本の紐のうち1本の先をつまみました。
弘子も同じように、もう1本の先をつまみました。


 すると、その紐の先がピカッと赤く光り、二人はものすごい勢いで
その魚の体内に吸い込まれ、グイグイ奥の方へ引っ張られていきました。
「みーきー、みーきー」
「ひろこー、ひーろーこー」
二人は怖さのあまり相手の名前を呼び合い、真っ暗闇の中で互いの存在を確かめ合いました。
ものすごい吸引力からとき離れると、次の瞬間、フワッと宙に浮いたように感じました。
「美紀」
「弘子」
二人は思わずギュッと抱き合いました。すると

 「二人とも、無事到着したようね」
大きくて胴体がキラキラ光っている魚が泳いでやって来て言いました。
「ここは何処?」
美紀が、魚に尋ねました。
「ここは水の世界よ。あなたたちは水の中にいるのよ」
二人が辺りを見渡すと、遠くで大小、色とりどりの魚が泳いでいるのが見えました。
「でもあたし、全然苦しくないよ。普通に息してる」
弘子が、深呼吸をしてみせました。

 「ここは、あなたたちの世界と大して変わらないのよ。一つ、大きく違うとすれば、欲しいものが手に入りやすいことぐらいかしら〜」
魚は、意味ありげな表情をして言いました。
「欲しいものって、何でも?」
弘子が、目を輝かせて聞きました。
「まあ、ほとんど。それも、みんなタダよ。これを二人にあげるわ」
そう言って、魚はピンクの貝殻を二人に一つずつ渡しました。

 「かわいい〜。タッチペンが付いてるよ」
美紀が言いました。
「そのタッチペンで貝の画面に欲しいものを書くの。すると、お店ごと現れるんだから」
魚が、得意気な顔で言いました。
「スゴイじゃん、ありがとう、巨大魚さん」
弘子が言いました。
「あら、レディの私に向かって巨大魚は失礼だわ。実際この水の世界では、かなり大きい方だけど・・、ちゃんと名前があるのよ。竜宮姫(リュウグウヒメ)って、呼んでね」
「え〜、見た目とかなりギャップある名前なんですけど」
弘子が言いました。
「あなた、人にズケズケと失礼なことを言ってくれるわね。そういうことは心で思っても口には出さないのが、女の品格ってものよ」
竜宮姫が言った。
「竜宮姫、ごめんなさい」
弘子が謝ると、
「”素直”は、可愛い女の基本だわ」
と微笑みながら、竜宮姫が言った。

 「ね、竜宮姫、あなたは竜宮城のお姫様なの?」
美紀が聞いた。
「違うわ。私は、”竜宮の使い”という種類の魚なの。普段は深海に住んでいるから、ほとんど人間と会うことはないわね。仲間の中で私が特別な力を持っているから、竜宮姫という名前を授かったのよ」
竜宮姫は、誇らしげにピンと背筋を伸ばしました。
全長3メートルぐらいある体が、もっと大きく見えました。
「本当、体が銀色で竜宮姫っていう名前がピッタリ」
美紀が言いました。
「竜宮の使いという魚は、みんな、こういうピカピカして大きな体をしているのよ。私はその中でも知恵と品格が備わった姫のような存在ってことかしら〜。こんなこと自分で言ってしまうと品が落ちるけど、あなたたちは私のこと少しも知らないみたいだから話したのよ」
竜宮姫が言いました。


 「ねえ竜宮姫、欲しいものがタダで手に入るなんて、そんなおいしい話、おかしくない?後になって代わりに何かしなさい、なんて言うんじゃない?」
美紀が言いました。
「そんな詐欺師みたいなこと、私しないから安心しなさい。あなたたちはバスケ部でも、あんなに頑張ってるのに選手にもなれず、部長からは叱られてばかり。たまにはラッキーなことがあったっていいでしょ」
竜宮姫が言いました。

 「あたしたちのこと、前から知ってるんだ」
弘子が言いました。
「あなたたちのおじいちゃん、おばあちゃんのことだって知ってるのよ。
私は長生きだから」
竜宮姫は、再び得意気な顔をしました。

 「美紀、どうせあたしたち夢でも見てるんだろうし、竜宮姫がくれたこの貝で欲しいもの、どんどんゲットしちゃおうよ」
弘子が言いました。
「でも・・・ちょっと、ホッペつねってみようよ」
美紀はそう言って、弘子のホッペに手を持っていきました。それなら、という顔で弘子も美紀のホッペに手を置きました。
「せーの!」
二人で互いのホッペをつねりました。
「イタイッ!」
二人とも大声で叫びました。

 「これ夢じゃないとしたら、やっぱマズイよ。竜宮姫、あたしたち元の世界に戻してよ」
美紀が言いました。
「まあまあ、悪いようにはしないから。ここは滅多に来られる場所でないのよ」
竜宮姫がそう言うと、
「そうだよ、竜宮姫の言う通りだよ。美紀、せっかく、こんな面白いところに来たんだから、とりあえず楽しまなきゃ。欲しいもの、どんどんゲットするよ!」
弘子はそう言って、タッチペンで貝の画面に何か書きはじめました。
弘子を見て、美紀も決心したようにタッチペンで貝の画面に書きはじめました。


 「わあ、あたし、このブランドの服が欲しかったんだよね〜。バッグも靴もある!」
弘子の前には、ギャルブランドのお店が現れました。
弘子は目を輝かせ、かなり興奮気味で店内へ入っていきました。
どれもこれも、欲しい服ばかりです。
そう言って、何枚も手に取って、鏡の前で合わせてみました。


 美紀の前には、大きな楽器屋さんが現れました。
美紀は早速中へ入るとギターを見て回り、気に入った一つを手に取って弾いてみました。
「アコギもいいけど、エレキもカッコイイなあ」
美紀は一人でつぶやきながら、次から次へと違うギターを弾いてみました。


 竜宮姫の元に戻ってきたとき、弘子は頭のてっぺんから足のつま先まで
ギャルブランドのファッションに身を包んでいました。
 美紀はアコースティックギターをケースに入れ、肩からしょっていました。
ピックや交換用の弦は小物ケースに入れ、楽譜を1冊手に持っていました。

 「まあ、二人とも大して欲ばらないのね。”控えめ”も、品ある女の基本だわ」
竜宮姫が言いました。
「まあ、いっぺんに服ばかり手に入れても〜って思ったから」
弘子が言いました。
「あたしもエレキも欲しかったけど、まずはアコギ上手く弾けるようになってからの方がいいかな〜って思って」
美紀が言いました。

 「実は、あたし・・・、ギャルブランドのファッションに前から憧れてたんだけど、色々試着してみて今の体型じゃあ、それほど着こなせないってことに気付いたんだよね。欲しい服手に入れる前に、この体型変えたいなあって」
弘子が、少し恥ずかしそうな顔をして言いました。
「あたしも、早くアコギ上手くなりたいな」
「あたしも、この太もも早く細くしたいよ」


 「それなら、この青い貝をあげましょうか。望む自分を手に入れられるのよ」
竜宮姫が言いました。
「エ〜ッ、そんなのあるの!?欲しいかも〜」
弘子が言いました。
「あたしも、それ欲しいかも・・・」
美紀が言いました。
「それなら、一つずつどうぞ」
そう竜宮姫が言って、青い貝を二人に渡しました。

 「やった〜、憧れのモデル体型になれる!」
弘子が、ジャンプして喜びました。
「あたしも、一気にシンガーソングライターになれちゃうんじゃない!?」
美紀も大喜びしました。
「ただし、そのピンクの貝はもう使えないのよ」
竜宮姫が言いました。
「エ〜ッ、それなら、あのバッグも持ってくればよかった」
弘子が言いました。
「あたしも・・・、とりあえずエレキとアンプも持ってくればよかった・・・。でも・・・”控えめ”が、いいんだよね」
美紀が言いました。
「その通り、望む自分になれるんですもの」
竜宮姫が言いました。


 そこで、二人は青い貝に望む自分を書きました。
すると弘子は、みるみるうちにモデル体型になりモデル歩きをはじめました。
美紀は、アコースティックギターで曲を弾きはじめました。
「弘子、超キレイ」
「美紀だって、超カッコイイよ」
二人は、お互いを見て感激しました。

 「なんか、あたしたちだけって、もったいなくない?もっと、みんなに見せたいな〜」
弘子が言いました。
「そうだね、学校のみんなにも今のあたしたち見せたいよね」
美紀が言いました。
「竜宮姫、あたしたち元の世界に戻りたいんだけど」
弘子が言うと、
「元の世界に戻ったら、元の自分に戻るのよ」
竜宮姫が言いました。
「エーッ!このままでいられないの?」
弘子が言うと、
「まあ、おいしすぎる話だと思ったよ」
と美紀が言いました。

 「それなら、とりあえず、ここにいる間だけでも楽しまなきゃ。竜宮姫、あたしたちに観客連れてきてくれる?あたしはファッションショーするし、美紀はライブできるよ」
弘子が言いました。
「ライブなんて、あたしムリだよ」
美紀が、思いっきり首を振りました。
「美紀、こんなチャンスもうないかもしれないんだから、ライブやんなよ」
弘子が言いました。
「うん・・・こんなチャンス、もうないだろうけど・・・そうだね、竜宮姫、お願い」
美紀が言いました。

「それなら、この緑の貝に書くのね。ファッションショーやライブとなると、大勢の観客を呼ばなければならないでしょう。この緑の貝は、かなりの力がある貝よ」
竜宮姫は、慎重に緑の貝を二人に渡しました。


 次の瞬間、弘子はドーム会場の舞台に立っていました。
色とりどりの照明が弘子を照らし、カメラマンたちがカチャカチャ、シャッターを押し、あらゆる方向から弘子を撮っています。
3万人の観客が弘子を見て、歓声をあげています。
 弘子は、夢の中にいるようでした。
バスケの選手にもなれない、小学校の時から特に注目を浴びたことのない自分が、今これほどの観客から見つめられカメラマンに写真を撮られているのです。

 弘子が、舞台の端から端まで歩き、中央に来て両手を挙げ、360度ぐるりと回って観客に手を振りました。
3万人の歓声が響き渡たりました。
弘子は深々とおじぎをしました。
そのとき、客席の最前列に自分の母親を見た気がしました。
でも次の瞬間、パッと真っ暗になり、竜宮姫の前に戻っていました。


 同じ頃、美紀は小さなライブハウスの小さな舞台で、30人の観客を前にアコースティックギターを弾きながら歌っていました。
 美紀の歌を聴いて、涙を流している観客もいます。
 美紀は夢を見ているようでした。
自分の歌に、これほど真剣に耳を傾けてくれる30人もの観客がいて、感動で泣いている人もいるのです。
小学校の頃から成績は、まあまあ良い方でしたが、人に感動を与えるようなことをしたことはありませんでした。

 美紀が歌い終わり、会場が真っ暗になりました。
「終わったんだ」
と心でつぶやく美紀の耳に
「アンコール・・・・お願いします」
という声が聞こえてきました。
 会場に薄明かりが付くと、客席には1人、美紀と同じ年ぐらいの少年が
いました。
「エッ、あの・・・あたし、まだ1曲しかできなくて」
美紀が言うと、
「今の曲を、もう1度お願いします」
とその少年が言いました。

 美紀はギターとマイクを準備して、再び歌いはじめました。
その少年の目と鼻が赤くなって、美紀が歌い終わる頃には涙がポロポロと止めどなく少年の目から流れていました。

 美紀が深々と頭を下げ挨拶をすると、少年が拍手をしながら美紀の方へ歩いてきました。
「ぼく、富月豊(トミヅキユタカ)。石頭中学3年です。アンコール、ありがとう」
「あ・・・イヤ・・・こちらこそ、今日はライブに来てくれて、ありがとうございました」
美紀は頬を赤らめてペコッと頭を下げました。
「キミ、石中の2年生だよね。確か、バスケ部。部活してるところ見かけたことあるから。僕は器械体操部」
「あ・・・あたし、一応バスケ部なんですけど選手にもなれないし・・・全然ダメで。でも、あたしのこと覚えてくれてて嬉しいです」

 「ギターも歌も上手いしスゴイよ。僕は一応、器械体操やってるけど、将来、選手になりたいわけでもないし、今年は受験生で、でも、どこの高校へ行きたいって決まってないし・・・、キミのことがうらやましいし、あこがれだな。僕も実はアコギ練習してるんだけど、全然上手くなんない」
「イヤ・・・今のあたしは・・・別に・・・」
美紀は、竜宮姫からもらった貝の力で自分がギターを弾けるようになったとは言えませんでした。
「キミのこと、ミキって呼んでいい?僕のことはユタカって呼んで」
「あ・・・もちろんいいです」
「ありがとう。今日のライブ、ホント感動した。ありがとう、美紀」
「あ・・・今日はライブに来てくれて、ホントにありがとう、豊」
「じゃあ、また」
「あ、また」
豊が会場を出て行くと辺りが真っ暗になり、次の瞬間、美紀は竜宮姫の前に立っていました。


 「美紀〜、ライブどうだった?あたしはファッションショー大成功だったよ。
3万人のお客さんが来たんだ〜。大スターになった気分だった」
弘子が興奮気味で話しました。
「あ〜、あたしの方も大成功だったよ。30人のお客さんが、みんな、あたしの歌聞いてくれて・・・」
美紀は、少し呆然としていました。
「美紀、元気ないじゃん。疲れた?あたしも緊張して疲れたよ」
弘子は興奮冷めやらずといった感じのハイテンションで話し続けました。

 「二人とも、これで満足したかしら?」
竜宮姫が聞きました。
「エッ、そうだなあ、あたし、結構楽しめたよ」
弘子が答えました。
「竜宮姫、あたしたち元の世界に戻れる?」
美紀が尋ねました。
「戻れるわよ。戻ったら今まで通りの自分に戻ってるわね」
「あ〜、それって、あたしの太ももは、また太くなってるってこと〜」
弘子が、横から口をはさみました。
「そういうこと」
竜宮姫が、素っ気なく答えました。
「あたしも、またギターも歌も下手な自分に戻ってるってこと」
美紀が独り言のように言いました。

 「あ〜あ、あたし、また冴えない中2女子に戻るのか〜」
弘子が、少し投げやりな言い方をしました。
「でも、あたし、元の世界に戻りたいよ」
美紀が言いました。
「そうだよね〜。ここは楽しいけど、なんかムナシくもあるよ」
弘子が言いました。
「ただ、ちょっと待ってもらわないといけないの。あなたたちを元の世界に戻すには、私かなりのパワーを必要とするの。エネルギー補給しないといけないわ。これから私の家に行くから、ついていらっしゃい」
竜宮姫が言いました。
「竜宮姫にも家があるんだ。大きいんだろうね」
弘子と美紀はそう言って、ついて行きました。


 岩と岩の間に入っていくと、そこは壁にビッシリ本が詰め込まれていて、どこからともなく甘いアロマの香りがする部屋でした。
「あなたたちは、ここで待っていてね。私は隣の部屋でエネルギー補給してくるから。しばらくかかるけど、けっして中をのぞいてはいけないわ」
竜宮姫は、まじめな顔で言って隣の部屋に入っていきました。


 「なんか、こういう昔話なかった?」
弘子が言いました。
「”鶴の恩返し”とか、”みるなのはなざしき”とか」
美紀が答えました。
「さすが、読書好き」
弘子が言うと、
「それほど読んでないよ。だって見て、この部屋。日本と外国の文学っぽい本ばかり。あたし、文学と言えば、小6の夏休みに読んだ児童向けの”坊ちゃん”ぐらいだよ」
美紀が言いました。
「あたしは、教科書に載ってた”注文の多い料理店”。あれも文学に入れていいかな?」
弘子が言いました。


 そのうち、美紀が本棚を眺めながら部屋中を歩きはじめたので、
弘子も同じように本棚を眺めはじめました。
二人とも、それぞれ1冊ずつ手に取ってパラパラとめくりました。
そして近くにある海草のイスに座って読みはじめました。


 もうどれくらい時間が過ぎたのでしょう。
二人とも魔法にでもかかったかのように、読書にのめり込んでいます。
 とうとう、美紀も弘子も丸1冊読み終わってしまいました。
二人とも静かに本を閉じ、目を閉じました。
深呼吸をして目を開き、立ち上がって本棚へ向かい、もう1度本の表紙を見つめた後、本棚にそれぞれの本をそっと戻しました。

 そのとき、やっとお互いの存在を思い出しました。
「美紀は何してたの?私、一気に1冊読んじゃった。こんなこと初めてだよ」
弘子が言いました。
「私も、一気に1冊読み終わったところ。なんだか、すごく良かったなって・・・」
「私、志賀直哉の”和解”って本、読んだんだ。なんて言うか、私も、すごく良かったって・・今、他に言葉、浮かばないや。美紀は何読んだ?」
「私は、武者小路実篤の”友情”って本。うん、なんか、ジワジワ心の奥まで何かがやって来た感じ・・・。ところで竜宮姫は?」


 そう言って美紀が辺りを見渡したとき、隣の部屋からドシンドシンという音が聞こえたので、二人は、そっとドアを開けて中をのぞきました。
 鏡に囲まれたその部屋では、イヤホンをつけた竜宮姫がリズム良く体をクネクネさせていました。
 2本の腹びれの先は赤く光りが点滅し、管が差し込まれ、何かが注入されていました。
 何かいけないものを見てしまった気がした二人は、そっとドアを閉めた後、竜宮姫に言われた、あの言葉を思い出しました。
「けっして中をのぞいてはいけないわ」

 二人は互いを見つめ合いました。
「どうしよう。見ちゃった。私たち、どうなっちゃうのかな〜。元の世界に帰らせてもらえなくなったら」
美紀が震える声で言い、弘子の手を握りしめました。
弘子も不安に襲われ手が震えました。

 そこへ竜宮姫が入ってきました。
「お待たせ。二人とも、そそっかしいところがあるようね。これからは人との約束は守ること。それから、”女同士の秘密を守れる”のは、基本以上の大人の女だわ」
そう言って竜宮姫は、ウィンクしました。
 それを聞いて美紀と弘子は、ようやく震えが収まりました。


 「そしたら、お別れね」
竜宮姫が言いました。
「もう、竜宮姫に会えないの?」
美紀と弘子が、同時に聞きました。
「さあ、私は私を必要としている人のところへ現れるだけ。美紀や弘子が、また私を必要としたら、そのとき再会できるわ。次は二人とも娘盛りの頃かもしれないし、シワシワのおばあちゃんになってるかもしれないわね・・私は長生きだから、いつでも会えるわ」
竜宮姫は、そう言って笑いました。
 二人は竜宮姫に言われるとおり、1本ずつ腹びれの先を握り、引っ張りました。
するとその反動で、竜宮姫の体内に吸い込まれていきました。


 ドスンと尻餅をついて、美紀と弘子が歩道に現れました。
「イテッ、」
二人とも、お尻をさすりながら立ち上がりました。
「お尻の骨折れたぐらい痛いよ」
弘子が言いました。
「でも、無事戻れたみたいだね」
辺りを見渡しながら、美紀が言いました。

 「美紀、覚えてる?私たち竜宮姫の体に吸い込まれて水の世界に行ったんだよね」
「そうだよ。やっぱ、あれ本当だったんだ。竜宮姫、私たちが必要としたから現れた、みたいなこと言ってたけど、私たち必要としたっけ?」

 「別に・・・でも、私は水の世界へ行ってよかったって思う。あ〜あ、見て、私の太もも、前と同じ、ぶっといよ。元に戻っちゃったのは悲しいけど、なんか私もやればイイ感じになれるんじゃない?って思える。・・・竜宮姫に会う前、私ムシャクシャして、美紀にも当たっちゃったじゃん。なんて言うか・・・、バスケでも選手になれないし・・・、美紀みたいに勉強もできないし・・・、私には、何にもないじゃんって思って・・・なんかムカついてきたんだよね。それに、今朝さ、家出る前に母親と大ゲンカしちゃったんだよね。ごめん・・・。私が頑張りもしないのに、上手くいかないこと、みんな周りのせいにしたくなっちゃったんだ」
弘子が、すまなそうに美紀に話しました。

 「私だって同じ。選手になれなくて、なんか投げやりな気分だった。弘子ともっと仲良くなりたいって思ったけど、どうやって自分の気持ち伝えていいか分からなかったし・・・、もしかしたら私たち、そんなに気、合わないのかもなあって思ったり・・・。私、いつも自分勝手なところあるから、親友できないのかなあって落ち込んだり、不安になったり・・・。水の世界へ行って、なんか、これからの自分・・・・、なんて言うか、どんな自分になりたいかとか分かったような気がする。それと、私・・・」
美紀は、水の世界で会った豊のことを思い出していました。
「何?」
弘子が、美紀の顔をのぞき込みました。
「ううん、何でもない。じゃ、帰ろうか、明日試合で早いもんね」
美紀が言いました。

 「じゃ、また明日」
弘子が、手を振りました。
「うん、明日。バイバイ」
美紀も、手を振りました。
 帰り道も美紀の頭の中は、やはり豊のことで一杯でした。
「月曜の部活で確かめてみよう」そう、心でつぶやきました。


 月曜日の放課後、体育館に入った美紀は、1番に器械体操部の方を
見ました。
 数名の男子が、跳び箱とマットを運んでいました。
 美紀は一人一人の顔をよく見ようと、いつの間にか器械体操部の場所まで来ていました。

 「何か用?」
美紀の後ろから、声がしました。
「あっ、イエ・・・」
そう言いながら美紀が振り向くと、そこには豊が立っていました。
「あっ、ゆたか」
美紀が、思わず名前を呼ぶと、
「僕が豊だけど、キミは?」
と言われてしまいました。
「あの、ギターのライブで・・・」
と美紀が話しはじめましたが、豊は首をかしげて微笑み
「人違いじゃない?でも僕ギター好きだよ。下手だけど・・。キミ、ギター弾くの?」
と聞きました。
「ハイ。あ〜、でも、私も全然下手で、これから頑張って1曲弾けるようになろうって思ってるんです。歌も上手くなりたいし・・」
と美紀は夢中で話しました。
心臓がドキドキしすぎて、一気にしゃべってしまわないと、その場に立ってもいられない気分でした。

 「そうだ、文化祭で一緒にライブしない?それまでにスッゲー練習して、絶対上手くなろうよ。一人だと、つい、あきらめモードになっちゃうからさ。それに、秋の文化祭までって目標たてれば、がんばれるじゃん」
豊が言いました。
「あの・・・わたし・・・」
美紀は、あまりにも突然のことで胸が一杯になって、それ以上何も答えられませんでした。
「だよね。今、会ったばかりなのに・・・僕、何言ってるんだ。ごめん。じゃ部活あるから」
豊が、その場を去ろうとしたとき
「あの、私、やります。一緒にライブやります。私、がんばって練習します。私も一人だとつい、まあいいか〜って感じになっちゃうので、豊と一緒なら、がんばれると思うから。あっ、ごめんなさい。豊って呼んじゃった」
美紀は、再び一気にしゃべりました。
「いいよ、豊って呼んでいいよ。キミのことは何て呼べばいい?」
「私のことは、美紀って呼んでください」
「じゃ、美紀、今日部活終わったら校門に集合ってことで。これからのこと話そうよ」
「ハイ」
「あっ、このことは、みんなには秘密ね。文化祭でビックリさせたいじゃん」
「ハイ」
美紀の胸は、はち切れそうでした。


 バスケ部の方に戻ったとき、弘子が美紀の元に走り寄ってきました。
「美紀、生徒会長と何話してたのよ」
「生徒会長って?」
「今、美紀が話してた器械体操部部長、富月豊先輩のこと!」
「えっ、部長?」
「ヤダー、何にも知らないの。今年の3年の中で1番のモテ男だよ。その富月豊先輩と何話してたのよ。随分、仲よさそうだったよ」
弘子がうらやましそうに、美紀の肩をツンツン指でつつきながら言いました。
「別に・・・私が人違いしちゃったんだ。前に会った人に、すごく似てたから」
「なんだ〜、そんなんか」
弘子は、拍子抜けしたようでした。

 美紀は文化祭のライブに一緒に出ようと約束した相手が、生徒会長や部長をしている1番のモテ男と知って、心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしてきました。
『私じゃ不釣り合いだよ。でも今更辞めますなんて言えないよ。ううん、もったいないよ、これはチャンスなんだ。きっと竜宮姫がくれたチャンスなんだよ。豊だってギター下手って言ってたもん。ギターに関しては、私たちは同じラインに立ってるんだ。私が、ものすごく練習して上手くなれば、豊の足を引っ張ることないもん。うん、これはチャンス』
美紀は心の中でつぶやいて、一人でウンと頷きました。

 「人違いだったんだけど、なんか話、合っちゃって・・・今日の帰り、また会うんだ・・」
美紀が照れながら言いました。

「やったじゃん。チョー展開早い!美紀、私だって、この週末かなり展開したから!自分で色々目標立てたんだ〜。太ももは、マイナス3センチやせ。次の試合は、選手になる。成績は、主要5科目、合計17以上。それから・・いろんな本、読もうかなって思ってるんだ〜。うちのお兄ちゃん、読書好きだからさ、昨日ちょっと話したら、次々と本持ってきてくれてさ・・・。美紀が読んだ武者小路実篤の”友情”もあったよ。私、”むしゃのこうじさねあつ”って声に出して言うの、なんか好きだな〜。夏目漱石も色々あった。お兄ちゃんが”こころ”を薦めたから、今日の朝読(アサドク)から読みはじめたところ。なんか分からないけど、すっごく好き!って感じ。とにかく私、色々やってみようって思ってるんだ」
弘子は、やる気上昇中の自分のことを話しました。

 「弘子、スゴイじゃん。私も、なんか読みたくなってきた」
美紀が言うと
「お兄ちゃんに聞いて、お薦め本借りてこようか。芥川龍之介の短編集もあるよ。昨日、”蜜柑”っていうチョー短い話、読んだんだ。あの話、なんか好きだなあ。お兄ちゃん情報によると、”潮騒”や”伊豆の踊子”は、映画にもなってる恋話なんだって」
弘子が、楽しそうに話しました。

 「弘子、もう文学少女になってる!」
美紀は、驚いて言いました。
「週末、一気に文学少女になっちゃったんだよね〜。お兄ちゃんの影響もあるし、なんと言っても竜宮姫のところで読んだ”和解”が私の中にある”文学”のスイッチをオンにしたのよ」
弘子は、少し気取った顔して言いました。


 そのとき、
「ハーイ、みんな集合」
バスケ部の部長が、大きな声で呼びました。
「ハイ」
「そう、今は、バスケ!美紀、あたし絶対、選手になるから!”共に咲く喜び”だね!」
弘子が、そう言って靴をはき直しました。
「”共に咲く喜び”?」
美紀が言うと
「武者小路実篤の言葉だよ」
弘子は、そう言うと一気にダッシュしました。
「弘子!あたしだって絶対、選手になるから」
美紀もそう言って、弘子を追いかけました。


 水の世界から、竜宮姫は水晶玉に映し出されている二人の姿を眺めていました。
「当分、あの二人は私を必要としないわね。これで二人の先祖たちもホッとするでしょう。これなら、今度あの子たちの先祖の魂に会ったとき、私も胸を張って挨拶できるわ」
そう竜宮姫は言うと、泳いで魚の群れの中に入っていきました。




「あとがき」

 この物語のアイディアが浮かんだのは、私の娘が中学2年生のときです。
思春期の女の子たちへのメッセージを物語にしました。
 
 思春期の心の中は、疾風怒濤のようだと聞きます。
その時期をしっかりと乗り越えて、男女共に素敵な大人に成長していく
ことを願っています。

 私自身の人生も今振り返ってみると、思春期は、色々と全てが、”途中”
だったなって感じがします。
心と体の成長も、途中。
一人の人間形成の途中だったと思います。
 その途中を他の言葉で言い換えると、
思春期の”揺らぎ”、”迷い”、”荒々しさ”、”もろさ”、”未熟”・・・になると思います。

 思春期の子を育てている親は、その途中状態の子を相手にするので、
精神力が必要だと思うんです。
「うちの子は、今は途中だから」
って心に留めておけば、親は子どもの一つ一つの言動に強く反応するのではなく、長い目で見守り、大きな心で包んであげられる余裕が持てると思います。
 その場合、「余裕」と「放任」の違いをしっかり心に留めて行動すれば、親自身も、”より成熟した人間”に成長していけると思います。
ということは、親も未だ、”成長の途中”ということになりますね!




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