エリザベス王女と森の魔女
創作オリジナル、児童文学、小説、ショートショート、エッセイ 「創作の部屋」
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「エリザベス王女と森の魔女」

 あるところに、おしゃべりが大好きな王女様がいました。
名前はエリザベスといって、年は14歳でした。
 エリザベスのことを王様とお妃様、兄弟、親類や友人たちは、
「ベス」と呼んでいましたが、家来や召使いたちは、「エリー王女」と
呼んでいました。


 ベスのおしゃべり好きは、いつも一方的に自分ばかり話しつづけて、
友人たちに話をさせるスキさせ作ってあげないものでした。
 たとえ友人たちが話していても、ベスは、うわの空で聞いて次に自分は
何を話そうか考えていました。

 ベスの話す内容は新しいドレスやクツのこと、新しい髪型や髪飾りのこと、舞踏会で会ったステキな男の子のこと、最近食べたスウィーツのこと、弟が生意気になってきたこと、兄とケンカしたこと・・・、召使いが窓を拭きながら足を滑らせて外に落っこちたこと・・・、庭師が手を滑らせて垣根の真ん中をチョン切ってしまったこと・・・など、自分の好きなものや身の回りで起きた出来事でした。

 聞いている人たちは、自分が話すチャンスがなくて息苦しさを感じることもありました。
 ただ一つ救われたのは、ベスは決して人の悪口を言わないことでした。
悪口ばかりしゃべられたら、聞いている人たちの心は息苦しいだけでなくて、吐き気もしてくることでしょう。


 ある日のこと、ベスは家来数名と近くの森へ散歩に出かけました。
森を散歩している間だけは、ベスは無口になりました。
『森で深呼吸をするのって、何て気持ちいいんでしょう。静かで何も考えなくていいんだわ』
そんなことをベスは、心の中でつぶやいていました。

 その時です。
世にも珍しい美しい鳥が1羽、目の前を飛んでいきました。
ベスは夢中で、その鳥を追いかけました。
 ベスは森に来るといつも無口になるので、家来たちはベスが静かに木陰で腰をおろしているのとばかり思っていました。

 まさかベスが一人で森の奥へ入っていったとは、誰も気づきませんでした。

 美しい鳥は、小屋の前に立っている老婆が持っていたカゴの中に入りました。
 その老婆は腰ぐらいまである長い白髪、シワくちゃだらけの顔をして、
目玉がギョロリと今にも飛び出しそうでした。
ニヤリと笑うと、老婆は鳥カゴを持って小屋の中に入っていきました。

 その様子をベスは、遠くから眺めていました。
『あの鳥は、あのおばあさんが飼っているのかしら』
そんなことを考えながら、そっと小屋に近づき、窓から中をのぞいてみまし
た。
 すると、どうでしょう。
 老婆は美しい鳥を片手でわしづかみ、羽を1本1本抜き、皮をはぎとり、
熱湯がグツグツわいている鍋の中に美しい鳥の肉と骨を放り込みました。
 羽は束ねて戸棚にしまい、何やら呪文を唱えてカギをかけました。
戸棚はスーッと、どこかへ消えてしまいました。


 老婆は、魔女だったのです。
 ベスは恐ろしくなってその場を立ち去ろうとしましたが、魔女がこれから何をするのか知りたくて、そっと息をひそめて見続けることにしました。

 魔女は鍋の中を時々かき回し、とろみ具合を見ては、またかき回しまし
た。
 しばらくすると、辺りに、おいしいスープの匂いがたちこめました。
魔女は、そのスープを金の細長い壺に流し入れると再び呪文を唱えはじめました。
「ヴィーヴァ、ボン、ヴィーヴァ、ボン、千年の眠り、千年の美、オン、アン、
オン」
同じ呪文を3回唱えると、魔女は壺の中身を一気に飲み干しました。

 次に鏡の前に立つと、先程はいだ美しい鳥の皮を自分のシワくちゃだらけの顔の上に丁寧に広げていきました。
 そして鍋の中から骨を1本取り出すと、自分の長い白髪をとかしました。
みるみるうちに白髪が、つややかな美しい黒髪になっていきました。

 再び鏡の前に立ち、顔に広げた皮をゆっくりとめくりました。
そこにはシワ一つない白い肌、美しい若い娘の顔が現れました。
手や首、足も美しい肌に変わっていました。

 鏡の前で微笑んだ魔女の姿は、どこかの国の王女様のようでした。
 窓の外から様子を見ていたベスは、美しくなった魔女にすっかり見とれてしまいました。
 その時魔女が後ろを振り返りベスをにらみつけました。

 ベスは、とっさに逃げようとしましたが、アッとも言わないうちに魔法で魔女の前に連れてこられてしまいした。
「お前は、全てを見ていたのだね」
魔女が、低い声で言いました。
美しい姿とは似つかない恐ろしい声でした。
「ええ、でも誰にも言わないわ、約束するわ」
ベスは、全身を震わせて言いました。
「もしお前が、ここで見たことを誰か一人にでも話したら、その時から
お前の可愛らしい声は私のものになるからね、ヒッヒッヒッ」
魔女は、不気味な笑い声を出しました。
そしてベスに向かって何やら呪文を唱えました。


 次の瞬間、ベスはお城のテラスに戻っていました。
「まあ、ベス、どこへ行っていたの?家来たちが森であなたを見失って、大変な騒ぎになっているのよ。私も王様も、どんなに心配したことか。でも、よかった、無事に戻ってきてくれて」
お妃様は、娘を抱き寄せました。

 ベスの無事を知って城中のものたちが、みなホッと胸をなで下ろしまし
た。
「ところでベス、一体森で何をしていたんだい」
王様が、尋ねました。
「森で散歩をしていたら、あまりにも美しい鳥が目の前を飛んできたから、
追いかけていったら、そこは、まっ」
と言ってから、ベスは口を手で覆いました。
「魔女」と言いそうになってしまったからです。
「そこで、迷子になってしまったの」
と慌てて言い直しました。
「森で迷子になったのに、一人で城に帰ってこられるとは、やはりこの国の王女だな、なんとも頼もしい」
王様は、満足げな顔をしました。

 王様もお妃様も、どちらかというとベスをのびのび、女の子であっても頼もしく育てたいと思っていました。
 実際、ベスには兄と弟がいましたので、王女様にしては頼もしい方でした。


 自分の部屋に戻ったベスのところへ乳母がやってきました。
「エリー王女、お着替えの時間です。森のお散歩で、さぞ、おクツも汚れましたでしょう」
ベスのクツを見て、乳母が少し首をかしげました。
「森からずっと、お歩きになってこられたのに、あまり、おクツが汚れていませんね」
「もちろんよ、帰りは魔法でひとっ」
と言いかけて、慌てて口を手で覆いました。
「魔法で、ひっと飛び」
と言いそうになったからです。
「魔法で人を呼んだように、突然、馬に乗った方が現れて、ご親切に私も一緒に乗せてくださったのよ。お城に用があるのって言っておいたわ。私が王女って知られたらよくないでしょ」
と慌てて嘘の話をしました。


 ベスは森で見た出来事を誰かに話したくて話したくてたまらないのに、
それが出来ないので苦しくなりました。
 そして日に日に元気を失っていき、あんなにおしゃべり好きだったのに無口になってしまいました。

 そんなベスを見て、王様、お妃様はもちろん、城中のものたちが心配をしました。


 ある日のこと、城にハープ奏者がやって来ました。
とても美しい姿をした若い女で、何もしゃべらず、ただひたすら城の門の前でハープを弾いていました。
テラスにいたお妃様の耳にも、ハープの音色が聞こえてきました。
「美しい音色だこと。そうだわ、ベスにも聞かせてあげましょう。元気がでてくるかもしれないわ」
 お妃様は早速家来を呼んで、ハープ奏者を連れくるように命じました。

 ハープ奏者の若い女は、言葉をしゃべれない様子でした。
応接室で待つようにと家来に言われたときも、頭を前後に動かし、うなずいただけで、名前を聞かれたときは、紙に「サラ」と書いただけでした。


 お妃様が、ベスをつれて入ってきました。
「ベス、この人はサラといって、とてもステキな音色でハープを奏でるのよ。
きっと疲れたあなたの心も癒してくれるわ。サラは話せないの。何かあったらこの紙に書くといいわ」
そう言って、お妃様は部屋を出ていきました。

 サラは、ハープを静かに弾きはじめました。
ただひたすらハープを弾き、ベスは、ただひたすら聞きました。
ハープを聞いているうちに、こわばっていたベスの顔が柔らかく穏やかに
なってきました。

 別の部屋で聞いていたお妃様も、ハープの音にすっかり聞き惚れてしまいました。
王様に話し、しばらくサラを城におくことにしました。


 次の日も、サラはベスのためにハープを弾きつづけました。
ベスは少し元気が出てきましたが、やはり森で見た魔女のことが胸につかえて、どうしてもスッキリした気持ちになれませんでした。

 その日の夜、サラはハープを弾くのをやめると紙に何か書きはじめました。
その紙を渡されたベスは少し嬉しいような、少し戸惑ったような表情をしました。

 その紙には、こう書いてあったのです。
「王女様、何か誰にも言えないことを心に留めていらっしゃるのですか?
そのことで苦しんでいるように見えます。私は口がきけませんから、私にだったら話してくださっても大丈夫ですよ。けっして他の人に話すことは、いたしません。私がハープを弾いている間、私の耳元で、お話しください。ハープの音が王女様の声を消してくれることでしょう」

 ベスの苦しみは、もう頂点に達していましたから、サラにだったら、あのことを話してもいいだろうと思いました。
 ベスは、ハープを弾いているサラの耳元に顔を近づけ、両手を筒のようにしてサラの耳を覆い、大きく深呼吸をしました。

 そして、あの日森で見た魔女のことを話しはじめました。
サラは、静かに弾きつづけました。
全てを話しおえたベスは、心がスーッとして晴れ晴れとした顔をして自分のイスに戻りました。

 ハープを弾きおえたサラは、ベスを見て微笑んだかと思うと、すぐさま表情を変えて、
「とうとう、あのことをしゃべってしまったね、ヒッヒッヒ」
と不気味な低い声で言いました。
ベスは、「アッ」とささやき、自分の口をしっかり手で覆いました。
「もう遅いのさ。1度口から出た言葉は元に戻すことができないからね。
約束通り、お前の声をいただくよ」

 魔女は口を覆っているベスの手をはらいのけると、その口元に魔女の口を近づけキスをしました。
 するとベスの唇は青ざめ、その代わりに魔女の唇が美しいピンク色になりました。

「これで私は若々しい透き通った美しい声をもつことができた。おっと、しゃべり方に気をつけなくちゃいけないね、もう若い娘なのだから、ホホホ・・・」
ベスの声をした魔女は、そう言うと魔法でアッという間に消えてしまいました。
 ベスは森での出来事を言葉にして外に吐き出したので、心は本当にスッキリしていました。
『私、バカだったわ。誰かに話さなくたって、よかったのよ。最初から独り言にして吐き出してしまえばよかったんだわ』
心の中でつぶやきました。

 声をとられてしまった今の出来事も、独り言で言ってみようと思いましたが、自分の声が聞こえないと上手く言葉にできそうにありませんでした。
 そこで、近くにあった紙に書いてみました。
『ハープ奏者のサラは実は、あの森で会った魔女だったの。きっと最初から私の声を奪いにきたんだわ』
 声をとられてしまった事実を改めて意識すると、ベスの目から涙が流れてきました。

 それでも元々楽天的な性格でしたので、すぐに気を取り直し、
『私は、きっと大丈夫。きっと、どこかの王子様が助けに来てくださるわ』
そんなことを書いて、ベスは自分でも驚きました。
『どこかの王子様ですって、私、自分がそんなことを期待しているなんて
思ってもみなかったわ』
そう心でつぶやきました。

 ベスは、声を失ったわけを誰にも話そうとはしませんでした。
今は、その方がいいと思ったからです。

 ベスが声を失ったことを知り、王様は突然姿を消したハープ奏者のサラがあやしいと思いました。
 そしてサラの似顔絵と『お城に連れてきたものには、褒美をつかわす』と書いたおふれを国中に出しました。


 声を失ったベスのところには毎日のように、お見舞いの人々が訪れました。
 ベスは、これと言ってすることもなかったので、お見舞いの人たちが帰ると、すぐに日記を書くことにしました。


○月○日くもり
 朝、いとこのスーザンが来た。
好きな人とケンカしてしまって、悲しんでいる様子。
仲直りの方法を色々と考えているけど、よい案が浮かばないみたい。
私にも、いい考えがないか聞いてきた。
『そう言えば、スーザンが私に意見を求めてくるなんて初めてのことだわ。いえ、スーザンが自分の悩みを私に話してくるのも初めてのことかもしれないわ。いえ・・・、今までは私ばかり話していたのよ!』
ベスは、あれこれと心の中でつぶやきました。


○月○日晴れ
 昼、ドレスの仕立屋さんが来た。
最近、隣の国へ新しい布地を仕入れに行ってきたときのことを色々と
話していた。
 ある町ではカボチャを使った料理を作り、味比べをするお祭りがあって、仕立屋さんはお腹ぱんぱんになるまで、それぞれ味の違ったカボチャ料理を食べたと言っていた。
思い出しては、つばを飲み込みながら話していた。
 私も食べたことのないようなカボチャ料理があったから、お城のコックさんに頼んで作ってもらいましょう。
仕立屋さんは、いろいろな国を旅しているようで楽しそう。


○月○日くもり
 午後、私の肖像画を描きに画家のピエールが来た。
今日は、かなり仕事が進んだ様子。
どんどん筆を動かしていた。
けっこう筆を動かす手って、眺めていると面白いのね。
 今日はピエールに、じっと見つめられて恥ずかしかったわ。
『私、今までどんなことを考えながら座っていたのかしら・・・。
そうだわ、いつもは私が、おしゃべりをしていたんだわ。
自分の目や鼻や口は、あーだ、こーだ、って。
こんなに静かに肖像画を描いてもらったのは、初めてなのよ』
心の中でつぶやきながら、ベスは少し恥ずかしい気持ちになりました。


○月○日雨
 夕方、カレン伯母様が来た。
私の顔を見たとたん、泣き出した。
「ベス、声が出なくなっただなんて、なんて悲しいこと!私はあなたの美しい声を聞くのが大好きだったのよ。でもとにかく、あなたが無事に、こうして生きていてくれてよかったわ」
と言いながら、私を抱きしめて再び泣いた。
 カレン伯母様は、私が幼い頃からとても可愛がってくださったから、私も
つられて泣いてしまった。


 こんな風にベスは毎日毎日、日記を書き続けました。
そして時々、読み返してみました。
『私って声が出ていたときは、こんなに他の人の話をじっくり聞いたことがなかったわ。毎日、自分が楽しくおしゃべりをして過ごせばいいって思っていたのね。それに、こうして日記を書くことで今までは気がつかなかった自分のこと、周りの人や物のことが見えてくることもあるのね』
そう心の中で、つぶやいたりもしました。

 ベスはお見舞いに来た人の話す言葉に耳を傾け、うなずいたり一緒に笑ったり泣いたりしました。
 そうするとベスに話を聞いてもらった人たちは、心が軽くなったように感じました。

 そんな風に、お見舞いに来る人たちの話を毎日、聞いたり日記を書く生活が、1ヶ月ほど過ぎたある晩のこと・・・、ベスは、自分自身が日記に書いた言葉に驚きました。
『私、お城を出たくなったわ。お城の外で生活してみたくなったわ』
こう書いたのです。
『私、何を考えているのかしら・・・いいえ、これは私の本当の気持ちなんだわ』
ベスは心の中でつぶやくとウンとうなづき、これは本当の気持ちだと改めて決心した様子でした。


 次の朝、王様とお妃様と朝食をとっているときに、ベスは自分の気持ちを書いた手紙を王様に渡しました。
 手紙を読んで王様は一瞬驚いた様子でしたが、そのままお妃様に手紙を渡しました。
お妃様も、一瞬驚いた様子でした。
「このことは後ほど、お妃と話してみることにしよう」
王様は言いました。
ベスは、少しホッとしました。

 あんな手紙を読んだら、すぐに「ダメだ!なんてことだ!」と怒鳴られると
思ったからです。

 その日の夕方、ベスは王様とお妃様に呼ばれました。
「お城の外で生活したい、ということだが・・・」
王様が話し始めました。
「お妃と話し、まずベスの考えをきかせてもらいたい。城の外で何をしたい
のかね」
ベスは、少し考えてから紙に
『とにかく外の世界を見たい、外の人とも会って話しがしたい、今までやったことのないことに挑戦したい』
と書きました。
 王様とお妃様は、それを読むと静かにうなずきました。

「私たちは、ベスが城の外で生活することを許すことにした。でも、どこで、
どんな風に生活するかは私たちの決めた通りにしてもらうよ。どっちみち、お前が一人で何もかもやっていけるわけはないからね」
と王様は言いました。
「ベス、あなたには城下町のはずれにある長屋を用意しました。そこで乳母のマーシャと若い召使いのジーナ、庭師のジョンと若い家来のアンディと一緒に宿屋を経営するのですよ」
お妃様が言いました。
「宿屋を経営する」
と聞いて、ベスは一瞬目をパチクリさせましたが、なんだかワクワクしてきて両親に思わず抱きつきました。

 王様もお妃様も娘をしっかり抱き寄せ、心の中で無事を祈りました。


 早速、城の中ではベスたちの引っ越しの準備が始まりました。
召使いたちは倉庫からテーブルやイス、机やベッド、食器棚などの家具、お皿やスプーン、コップなどの食器を出し、干したり磨いたりして再び使えるようにしました。
 ベスには宿屋の娘にふさわしい服が、何着か用意されました。


 準備を始めてちょうど1週間後の朝早く、ベスたちはお城を出発しました。
  宿屋を経営することは、お城の中でも1部の人しか知らされませんでし
た。
 王女様が長屋に住んで宿屋を経営するなんて知られたら、何やらよからぬ者たちに狙われるかもしれません。
ほとんどの家来たちには、ベスは休養のため別荘でしばらく過ごすと知らされました。


 長屋に着くと、乳母のマーシャがベス、ジーナ、ジョン、アンディのそれぞれを部屋に案内しました。
 みんなは自分の部屋に荷物を置くと、マーシャの指示に従い台所に集まりました。

「お昼に宿屋を開けますよ。ジョンは、この看板を入り口にかけてくださいな」
看板には、『ベスの宿』と書かれてありました。
「エリー王女が看板娘ですから。それから、ここではみんな、エリー王女をベスと呼ぶようにと、王様がおっしゃっています」
マーシャは、そう言うとベスの方を向き
「それではベス、これから私とジーナと一緒にスープを作りますよ。最初に、ベスはタマネギの皮をむいてください」

 ベスは、いよいよ新しい生活が始まるんだわと思いワクワクしてきました。
「あの〜、僕は、何をしたらよいのでしょう」
アンディが、聞きました。
「アンディは窓を開けて空気の入れ換えをし、入り口の周りを掃除してください。宿屋は清潔な印象を与えることが大切ですからね」
 5人は、自分の仕事に取りかかりました


 お城を出る前の1週間、ベスは毎日のようにジーナから包丁の使い方を習いました。
 野菜を何個も何個も切って練習しました。
最初は少し怖い気がしましたが、だんだん慣れてくると楽しくなって、もっと、いろいろと切りたくなってきました。

 大きな鍋いっぱいにスープが出来上がった頃、
「こんにちは、中へどうぞ」
と言うアンディの声が、聞こえました。

 最初のお客が、やって来たのです。
台所にいたベスは、そわそわしてきました。
「お食事だけのお客さんです。スープとパンをお願いします」
アンディが、言いました。

 パンは、お城のコックが焼いた物を毎朝届けられることになっています。
 乳母のマーシャがスープ皿にスープを注ぎ、お盆の上に並べました。
それをベスが最初のお客のところへ運びました。

 ベスは声が出ないのでニコッと微笑み、静かにテーブルの上にスープとパンを置き、静かに挨拶をすると、その場を離れました。
 これも、お城を出る前にマーシャから何度も何度も習って練習をしました。
 台所に戻ったベスは、ホッと胸をなで下ろしました。
マーシャとジーナは、拍手をしながら微笑んでベスを迎えました。

 お客が、一人、二人と入ってきて、みんな
「おいしかった、また来るよ」
と言って、アンディにお代を払って出ていきました。
 夕方近くなると、泊まり客もやって来ました。
アンディとジョンが、お客たちを部屋に案内しました。

 ベスたち5人がホッとひと息ついて食事をとったのは、夜遅くなってからでした。
 ベスは1日中立ち仕事だったので、足がパンパンに張ったように感じまし
た。
 いつも、お城で座っているクッションの良いイスとは違い、宿屋のイスは木製の堅い物でしたが、腰を下ろしたとき体の疲れがスーッと下へ下へと降りて土の中へ流れていくように感じました。

 台所のテーブルを5人で囲み、みんなで食べたスープとパンは心から
ごちそうに思えました。


 その晩ベスは、日記に目まぐるしかった今日1日のことを書きました。
『お城を出たのが、今朝のことだなんて信じられないわ。一つ年をとった気分。いえ・・・、一つ大人に近づいた気分よ。スープを作って、お客さんたちにお出しして、お皿を洗って・・・こんなにクタクタになって夜を迎えるのって、初めてのような気がするわ』

そこまで書いて、ベスはコトンと机で眠ってしまいました。
マーシャが見回りに来てくれたので、ろうそくの火を消して、ちゃんとベッドで眠ることができました。


 それから毎日、ベスはマーシャたちとスープを作ったり肉を焼いたりしました。
 宿屋の経営に慣れてくると、食事のメニューを少しずつ増やしましょうと、
みんなで話し合い、パイも焼くようになりました。
 ベスは自分でパイ皮を作って余った材料を何でも入れてしまう『何でもパイ』を焼きました。『ベスの何でもパイ』と名前をつけ、お客たちに出すと、とても人気の品になりました。


 宿屋は毎日、満室でした。
 泊まらなくても食事を終えて一休みできるソファに座り、お客たちは旅の疲れを、少しでも癒すことができました。
 そうして心地良い思いをしたお客たちは、帰り道にもベスの宿に寄るようになりました。

 ベスたち5人も客商売に慣れてきて、お客たちと気さくに話せるようになりました。
 もちろん、ベスは声が出ないのでニコニコ笑ったり、頭を下げたり、手を振ったり・・・自分の気持ちを体で表現するようにしました。
その表現の仕方も、日に日に上手になっていきました。

 お客の中には、ちょくちょくベスの宿を利用してくれる常連客も何人か
いました。
 その中の1人に、商人をしていて顔の左のほほにホクロがあるため、
みんなから、「ホクロおじさん」と呼ばれている中年の男性がいました。

 あるときベスがフイゴを吹いて火をおこしていると、食堂の方からホクロおじさんがベスを呼びました。
ベスが慌てて出ていくと、
「ベスはススのかかった顔を洗って、きれいに髪を結い、立派なドレスを着れば、どこぞの王女様のようだな」
と笑いながら言いました。

 その言葉を聞いたベスやマーシャたちは、一瞬ハッとしました。
 でもベスが近くにあったキャベツの葉っぱをセンス代わりに持って、
スカートをちょっとつまみ、おすまし顔で王女様のように挨拶をしようとして前にずっこけてしまうと、その場にいた人たちは大笑いしました。

「ハッハッハ、やっぱり、ベスは宿屋の娘だ」
とホクロおじさんが、言いました。
それを聞いてマーシャたちはホッとして、自分たちの仕事に戻りました。

 しかしその直後、食事をしていた常連客の一人が
「王女様なんかより、宿屋の娘の方が安心さ」
と言ったので、マーシャたちは再びお客たちの話に耳を傾けました。
「それは、どうしてさ?」
別の男が尋ねました。
「隣の国々では最近、妖怪が出て王女様ばかり狙うらしい」
常連客の一人が、答えました。
周りにいた2、3人も
「俺も、その話聞いたぞ」
と言いました。

「それで王女様たちはどうなったの」
思わずジーナが口をはさみました。
「数時間して無事にお城に戻ってきたみたいだが、恐怖で、どの王女様も震えが止まらなくて声が出なくなってしまった、って聞いたなあ」
 お客たちの話を聞いて、ベスは少し震えてきました。
でも今の自分は、どこからどう見ても宿屋の娘だから大丈夫、と自分に言い聞かせました。


 その夜は、月が明るく美しく輝いていました。
ベスは、なかなか寝付けませんでした。
窓を開け夜風に当たりながら目を閉じ、耳を澄ましました。
声を失ってからのベスは耳の聞こえが、それまでの10倍ぐらい良くなりました。

 もしかしたら自分が話せなくなったために、おしゃべりな自分の声が耳に入ってこなくなった分、今まで聞こえなかった言葉や音が聞こえるようになったのかもしれません。


 そのときです。
 ベスの耳に、突き刺さるような羽の音が響きました。
その途端、黒い大きな物が目の前に現れ、ベスを窓から連れ出し、飛び去りました。
 あまりにも突然のことで、ベスには何が起きたのかわかりませんでした。
黒い物に視界を覆われ、恐怖で体がカチコチに固まってしまいました。

 気も遠くなりかけたころ、黒い物は静かに地上に降り、ベスを抱えたまま建物の中に入っていきました。
 ベスはソファの上に下ろされたので、そっと目を開けてみました。

 窓から入ってくる月明かりに照らされた黒い物は、大きな鳥のような顔にも見えましたし人間の顔にも見えました。
宿屋で、みんなが噂をしていた妖怪でした。
 ベスは少しずつ気を取り戻し、体の力も少しずつ抜けていき、ようやく普通に呼吸ができるようになりました。


 鳥顔の妖怪がベスに近づき、くちばしをパクパク動かし何か話しはじめました。
 最初、ベスには何を言っているのか分かりませんでしたが、だんだんと
妖怪の言葉が、はっきりと理解できるようになりました。
「お前は、森で美しい鳥を見たか?」
鳥顔の妖怪が、尋ねました。
 ベスは、あのときの鳥のことを言っているのだろうと思い、頭をカクンと
下げてうなずきました。
「お前が声を出せないのは、魔女の仕業だな」
と妖怪に聞かれ、ベスは少しためらいましたが再びウンとうなずきました。
「ならば、お前はあの美しい鳥の羽が今、どこにあるか知っているだろう」
鳥顔の妖怪は、顔をベスの顔にグッと近づけてききました。
ベスは、怖くなりました。
これはまた、あの魔女のワナかもしれないと思い、じっとしていました。

 すると、そんなベスの気持ちを読み取ったかのように、妖怪は話しはじめました。
「お前の声を奪った魔女は、俺にとっても敵だ。俺の美しい鳥を奪ったのだから・・・。あの鳥は、俺の命と同じぐらい大切なのだ。もう肉や骨はスープにされてしまったことは知っている。俺が知りたいのは、羽が、どこにあるかなのだ。あの羽さえ戻ってくれば・・・」
そうして妖怪は、ベスの肩に手を置き
「お願いだ。あの羽を魔女が、どこに隠したか教えてくれ」
と言いました。

 そのとき、ベスには妖怪が人間のように見えました。
『これは、ワナではないわ』
ベスは確信しました。
 でも、どうやって伝えればいいのでしょう。
紙とペンを探そうと、辺りを見渡しました。
すると妖怪は、ベスの手を自分の胸に当て
「俺の胸に手を当て話すんだ。声が出なくても、お前の言うことは分かる」
と言いました。
小鳥の胸のように柔らかくて温かい感触が、ベスの手に伝わってきました。


 ベスは目を閉じ、あの日、魔女が美しい鳥をつかまえてから何をしたかを
よ〜く思い出しました。
 そして声にならなくても、一言一言、話しはじめました。
「魔女は、美しい羽を束ねて戸棚にしまったわ」
「俺は魔女が留守中に、あの小屋の中を何度も探したんだ。でもどこにもなかった」
「魔女は戸棚にしまうと、何やら呪文を唱えてからカギをかけたの。そしたら戸棚は消えてしまったのよ」
「魔女のヤツ、そんなことをしたのか!」
ドンと、床を蹴った妖怪の足の爪が、あまりにもするどく光ったので、ベスは恐怖で顔がこわばりました。

「すまない、お前をこわがらすつもりなどない。魔女の小屋に羽があると分かれば、ひと安心だ。取り戻すために今晩じっくり作戦を考えるとしよう。
ところで遅くなったが・・・、僕の名前はフィリップ。あなたの国からは山を二つ越えたところにある水の国の王子です」
 そう話している間に鳥顔の妖怪から、どんどんと優しく美しい王子の顔になっていきました。

 ベスは、口をポカンと開けて見つめました。
「ハッハッハ・・・。驚いたかい?僕は夜中2時になると、元の姿に戻るんだ。でも日の出近くなると再び鳥顔の妖怪に戻っていく。これも、あの魔女のしわざさ。でも、あの羽さえ取り戻せば、僕もあなたも元に戻れるはずなんだ」
「私の声も戻ってくるの?」
「そうだよ。そして水の国も元通りの美しい国に戻れるはず」
「水の国も?」
「水の国は今、土地が干ばつでおそわれ農作物も作れない。澄んだ水は涸れ果て、森もなくなり、国民は誰一人祖国で暮らすことが出来ないんだ・・・。みんな隣の国や遠くに住む知り合いを頼って祖国を出ていった。何もかも、あの魔女が宝の鳥を奪ったせいだ!」

「あの美しい鳥が水の国のものならば、なぜあの日、森を飛んでいたのでしょう?」
「欲深な大臣に、国王・・つまり僕の父上は、だまされたのです」
「だまされた?」


 王子は、ベスに全てを話そうと思いました。

 「水の国が出来たときから、宝の鳥は、ずっと国王の部屋で飼われていました。
 ある日、国王の部屋にどこからか黒ネコが忍び込み騒ぎはじめました。家来たちが黒ネコを捕まえようと、四方八方から追いかけたのですが、結局、
逃げられてしまいました。
 その騒ぎで宝の鳥が興奮してしまい、キィキィ鳴きながら羽ばたきを止めなくなってしまいました。こんなことは初めてだったので父上も、どうしたら良いか分からず困り果ててしまいました。
 その次の日、大臣が老婆を連れてきたのです。
 その老婆は前の国王の時も1度、宝の鳥が騒いだときがあって、自分のまじないと秘薬で鳥を落ち着かせたと言いました。
 宝の鳥が丸1日騒ぎ続けていたので、父上は気が滅入ってしまっていたし、大臣が連れてきたということで、その老婆を信じて、早速まじないを頼みました。
 秘薬も飲ませると、宝の鳥は次第にいつもの冷静さを取り戻しました。
ところが次の日、宝の鳥は自分で鳥かごを出て飛び去ってしまったのです。
 すぐに父上は、あの老婆が怪しいと思い、探して連れてくるよう大臣に命令しました。
 しかし、いっこうに何の手がかりもないまま1ヶ月が過ぎました。
 僕の国に潤いの水を与えていたのは、宝の鳥です。
その鳥がいなくなったために、国土が瞬く間に涸れはじめたのです。
 南の地方から水が涸れはじめ、人々は隣の村から水を奪うようになりました。
 間もなくして、その村の水も涸れ、また次の村へ水を求め人々が移動し、水の奪い合いが起こりました。
 そして、先程もお話ししたように今、水の国には誰一人住んでいません」

王子は一瞬、とても寂しそうな表情をし、話を続けました。

 「最初の頃、大臣は国の事態を国王が責任をとるべき、と責め立てました。自分が国王に代わって国を支配し、国民の信頼を得るようなことを言ったのです。
 ところが国土全体が瞬く間に干ばつに襲われていったので、自分も逃げる支度を始めたのです。
 僕は大臣こそ怪しいと思い、家来100人を大臣の周りに囲わせ、真相を問い詰め、全てを白状させました」

 王子の顔は、とても厳しい表情になりました。
言葉に力がこもり、話しつづけました。

 「大臣は魔女から
『宝の鳥を私のものにできたら、お前を国王にしてやる』
と言われ、黒ネコを国王の部屋に入れ、宝の鳥を興奮させました。
 そこに大臣は、老婆に化けた魔女を連れてきました。魔法のかかった薬と魔女のまじないのせいで宝の鳥は自分から鳥かごを出て、森の魔女の小屋へ飛んでいくように仕向けられてしまいました。
 僕は大臣を捕まえ、魔女のところへ案内させました。
小屋には大臣一人で行かせ、宝の鳥を返すよう言わせたのです。
すると、魔女は高い声で笑い
『あんなもの、とっくに肉も骨もスープにして飲んでしまったわ。私が、こんなに美しい女性になったというのに、お前は、なぜ私を魔女だと分わかった?』
『右の口元にあるホクロです』
と大臣が答えると、
『このホクロは私のお気に入りなのさ。私の魅力を一層引き立たせてくれるだろう』
そう言いながら魔女は大臣に抱きつき、大臣をグイッと下に押しつけました。
 何が起きたかと、僕は窓の外から中をのぞき込みました。
すると魔女の足もとで1匹のネズミが、グルグル走り回っているのが見えました。
 僕は驚いて後ずさりしたのですが、魔女に見つかってしまいました。
『お前は、水の国の王子だね。なんと美しい姿をしているんだ。私は、美しいものには目がないんだよ。お前が、どこかの王女と結婚することになったら、私は悲しくて、悔しくて、気が狂ってしまうだろうよ。だから、そんなことのないように、こうしてくれる!』
と言うやいなや、ポケットから黒羽の扇子を出して、僕に向かって仰ぎ、呪文を唱えはじめたのです。
 僕はクラクラして吐き気がして、その場に倒れてしまいました。
気づいたとき、僕はソファに寝かされ、魔女は黒羽の扇子で僕を仰ぎ続けていました。
『ちょっとやそっとでは解けないように、念入りに魔法をかけておいたよ。さあ、おいき』
そう魔女に言われると、僕は羽を広げて飛び去りました。
 城に戻ったときは夜中で、父上は僕を心配して眠らずにいました。
テラスに飛び降りた僕を見ると
『何者だ!』
と叫び、剣を抜きました。僕は慌てて
『僕です』
と言おうとしたのですが、声を出してみると
『俺だ、お前の息子だ』
と言ってしまったのです。
『なんだと、私の息子は美しい王子だ。お前のような鳥顔の妖怪ではない』
と父上は言って、剣を振りました。
『待て、俺は魔法をかけられ、こんな姿になったんだ。宝の鳥を奪ったのは、やはり森の魔女だった。大臣は、自分が国王になれると魔女にそそのかされたんだ。俺の話を聞いてくれ』
父上は、まだ半信半疑でしたが、剣を振るのを止めました。
『こんな話し方、俺だってイヤなんだが、この姿になったと同時に、言葉さえも妖怪のようになってしまったようだ。父親に対してすまない。宝の鳥の肉と骨はスープにされてしまったが、羽は、まだどこかに隠されているはずだ。
魔女も少なからず、あの羽の力に気づいているはずだ』
父上は妖怪の言葉であっても、落ち着いたものの見方、どことなく感じられる誠実な態度は、やはり自分の息子だろうと思ったそうです。
『王子、私たちは、これからどうすればよいだろう』
こんな姿をしていても僕を息子と信じてくれたので、あのとき僕は思わず泣いてしまいました」
そう言うと、フィリップ王子は遠くを見つめました。


「あなたのお父様は、今どうなさっているのですか?」
ベスが尋ねました。
「父上は商人の姿で、あちらこちらを旅してきました。そして旅先で魔女のことを耳にすると、僕に教えてくれるのです。あなたのことも父上から聞きました。『ベスの宿』で働いているベスは、森の国の王女であること、魔女から声を奪われたことも・・・。あなたに会って、魔女のことを詳しく聞きたいと思いました」
「あなたが、いろいろな国の王女を襲ったというのは本当ですか?」
「結果的に襲ったようになってしまいました・・・。でも襲うつもりなんて、少しもなかったんです。まだ父上が、あなたのことを知らなかった頃、僕は僕で魔女に近づき、羽のことを聞き出そうと必死でした。
 あるとき、魔女が言ったんです。
『あの羽は、私の美しさを保つために必要なのさ。せっかく、こんなに美しい女になって、あの王女からもらった美しい声になったんだ。永遠にこのままでいたいのさ』
『声を王女からもらった?』
『そうさ、あの王女は私が宝の鳥のスープを飲んで美しくなるところの全てを見てしまったのさ。おしゃべりさえしなけりゃ、声を奪うなんて乱暴なこと、私はしたくなかったんだよ〜。どうして女というのは、余計なおしゃべりをしちまうんだろうね〜。1度口から出たものは、引っ込まないんだってことをあの王女も学んだろうよ。おっと、こんなに若くて美しい声をしているのに、ついクセでね〜、ばあさんみたいな話し方をしてしまう。気をつけないといけないわ。オホホホ・・・』
 僕は、魔女に声を奪われた王女を探せば羽の隠し場所も分かるだろうと思いました」


「あなたのお父様は、なぜ私が森の国の王女だと分かったのでしょうか?」
「父上は、あなたのお父様に招かれて何度か、お城を訪ねたことがあります。そのとき見かけた庭師と乳母にそっくりの二人がベスの宿にいたので、何度か宿を利用して確かめたそうです。声が出ない飯炊きのベスという娘は、品があり、たぶん王女だろうと言っていました」
「常連客の中に、あなたのお父様がいらっしゃったのですね」
「そうです。左のほほにホクロがあるホクロおじさんが私の父上です」
「まあ、ホクロおじさん!」
ベスはそう言うと、目をまん丸くして微笑みました。
フィリップ王子も微笑み返しました。

「ベス・・・、あっ、ベスとお呼びしてもいいですか?僕のことはフィリップと呼んでください」
「私のことは、どうぞベスと呼んでください」
二人は再び微笑みあいました。
 でもフィリップは、すぐに真剣な顔になりました。

「魔女が羽を戸棚にしまい、戸棚ごと魔法で消してしまったところを見たと先程おっしゃいました。その戸棚が姿を現す方法は・・・どうすればいいだろう」
フィリップは、急に考え込みました。
ベスも考えました。
「私に一つ考えが浮かびました。それは・・・」
ベスは、フィリップの胸に手を当てながら話しました。
「なるほど、それを試してみましょう」

 そして二人で、あれこれと計画を立てました。
ベスは熱心に話すフィリップを見て、自分の胸が熱くなるのを感じました。


 白々と夜が明け始め、フィリップは再び鳥顔の妖怪になってしまいました。
 夜明けの光りの中で見るとフィリップは、つややかな濃い藍色の羽をしていました。
「さあ俺の背中に乗るんだ。これから魔女の小屋へ行く。打ち合わせした通りだ」
妖怪に戻ったフィリップが、言いました。


 ベスが背中に乗ると、フィリップは大きな翼を広げ飛び立ちました。
 魔女の小屋から少し離れたところで、フィリップはベスを降ろしました。
ベスは、そこから一人で魔女の小屋へ歩いて行きました。


 そっと小屋の中をのぞくと、魔女はまだ眠っていました。
ベスがドアをそっと開けようとしたとき、1匹のネズミが足もとにかけよってきて
「今は入っちゃだめ。こっちへきて」
と言いました。
ベスは、ネズミに言われるまま後について行きました。
しばらくして、
「その切り株に座ってください」
と言われたので、その通り切り株に腰掛けました。

「お見かけしたところ、あなたは魔女の仲間ではなさそうだ。何をしにここへ来たのですか?あの小屋に住んでいるのは、魔女なのですよ」
ネズミが、言いました。
ベスは、声が出ないまま
「私は、しゃべれない」
と言いました。
するとネズミはベスの膝の上に乗って
「もしかして、あなたも魔女に魔法をかけられたのですか?」
と尋ねました。
「そうです」
とベスが言うと、
「今、私はあなたの声が聞こえました」
とネズミが言いました。

「もしかすると、私に触れているからかもしれないわ。フィリップのときもそうだった」
「フィリップとは、水の国の王子のことですか?」
「そうよ。もしかして、あなたは大臣?」
「なぜ、私のことをご存じで?」
「フィリップから話は全て聞きました。水の国を救うために私は、ここに来たのです」
「私はバカでした・・・。魔女にそそのかされ自分の欲望がふくれあがり、魔女の言いなりになって大切な宝の鳥を渡してしまった。こんな姿になっては、国王にお詫びすることもできず、国のために何の役に立つこともできません」
ネズミになった大臣は、心から悔やんでいる様子でした。

「ネズミになったあなたにも、何かできるはずよ」
ベスはそう言って、フィリップとの計画をネズミに話しました。

「あの羽を取り返せば、魔法も解けるかもしれないのですね。もしそれが本当なら、私の仲間たちも大喜びします」
「仲間たち?」
「この森には魔女に姿を変えられてしまった者たちが、他にもたくさん住んでいるんです。みんなの力を借りれば、きっと、あの羽を取り返すことができます。さあ私の後についてきてください。みんなのところへ案内します」
そう言ってネズミはベスの膝から飛び降りると、ベスが今来たのとは反対の方角へ走り出しました。


 しばらく行ったところにある大きな木の前に着くと、ベスの方を振り返り、すぐに根元にある穴に入っていきました。
 間もなくネズミが外に出てくると、後からリス、ウサギ、アナグマ、ヘビ、
フクロウも出てきました。
木の枝からは、小鳥が3羽降りてきました。
「みんな、魔女に魔法をかけられてしまったものばかりです。私たちは代わる代わる魔女の小屋へ忍び込んでは、何か私たちの魔法を解くカギはないか探していました」
ネズミが、言いました。

「そして、あの方が目覚める方法も・・・」
フクロウが、付け加えました。
「あの方?」
ベスが、首をかしげました。
「私たちに、ついてきてください」
ネズミが言うと、みんなが一斉に森の奥へ走り出しました。


 辺りが、どんどん薄暗くなって、肌に湿っぽさが伝わってきました。
ベスは少し怖くなりました。
ツタの葉が絡み合った木々の向こう側に出ると、そこには一人の女の人が眠っていました。
「この方は、水の国の女王様です。もう何年も前に行方不明になってしまっていたのですが、まさか、こんなところにいらっしゃるとは誰が想像したでしょう。私がネズミにならなければ、この方が女王様だとは誰も気づきませんでした」
ネズミは、悲しい顔で女王様を見つめながら話しました。

「私がフクロウになって間もなくだった。魔女が、この方